- 2015.10.21 Wednesday
- 16:45
いよいよ安倍首相と朴大統領の初の首脳会談が視野に入ってきた。ちょうどそんなタイミングで、10月15日、在韓32年のジャーナリストで作家でもある黒田勝弘さんが、「韓国と付き合う法」を語ってくれた。とても面白く示唆に富むのは、嫌韓・反韓の日本の空気の中では見えない視点を多く提示してくれたからだ。いつもながらのわかりやすい言葉で、この人の在韓32年の薀蓄と慧眼が遺憾なく発揮された感がする。
(講演要旨)
自分(黒田)が韓国に長く住むことになったのは、共同通信のソウル支局長の仕事が終わり帰国したとき、産経新聞社から、ソウルに好きなだけいていいからと言われて誘われたからでもある。「よく韓国にこんなに長く住んでいられるね」「何が面白いのか」と聞かれることが多いが、韓国での日常生活は非常に面白い、毎日が実に刺激的で飽きないからであると答えている。つまり、ジャーナリストとしてもネタが尽きないのだ。日本と韓国は似ているようで似ていないところが多い。例えば、箸やスプーンを食卓に置くときの方向が日本と違う。あれっと気付く、そんな意外感や異同感がとても興味深いのである。韓国人は、初代統監となった伊藤博文をはじめ韓国統治に関わった日本人には長州出身者が多いせいか、「悪いのは長州だ」という感覚がある。最近の韓国は極端とも言うほど安倍批判が強い。安倍首相が政治家として尊敬する祖父の岸信介元総理も長州出身でその弟の佐藤栄作元総理もそうだ。だからというわけでもあるまいが、実は岸、佐藤両元総理はいずれも日韓関係正常化や韓国の発展に熱心であった。
朴槿恵氏が大統領になった際、自分は安倍首相とはうまくいくのではないかと思ったが、現実は違った。朴大統領は基本的には反日感情はなく日本が好きではないかとさえ思うが、韓国メディアの反日感情が強いことや慰安婦問題を関係改善の前提条件にするというボタンの掛け違いをしてしまったことなどが、今の状況を招いているのだろう。近く日中韓、日韓の首脳会談がある見込みだが、日韓首脳会談が実現したら、次に朴大統領が訪日することが望ましいし、実現可能性もある。朴槿恵氏の父親の朴正煕元大統領は韓国では評価は高く、また、槿恵氏が両親とも暗殺された不幸な人でもあるので、韓国内では政治家として高貴な人として扱われている。従って、これまで政治的業績はないにも拘らず支持率はあまり下がらない。現在訪米中であるが、母の暗殺後はファーストレディーとして大統領である父に仕えた経験もあって海外での振舞いが立派であり、通常外遊後は支持率も上がる。朴槿恵氏の政治家としての特色(「カンバン」)はクリーンさとストイックなところであるが、本人もそれを大事にしている。産経新聞の特派員が告訴されたのも、そのカンバンに疑念を起こさせるようなネット記事を引用してしまったからである。
先般、朴大統領が訪中し、習主席やプーチン大統領らと並んで軍事パレードを観閲したため、朴大統領の対中接近ぶりが内外で注目され、韓国はどこに向かうのかとの疑念や批判を呼んでいる。朴大統領はメディアから「大統領を終えるとき、どのような大統領であったと国民に記憶されたいか」と聞かれて、経済の再跳躍を果たした大統領、南北平和統一の基礎を作った大統領を目指したい旨語ったことがある。韓国は北朝鮮との関係を構築できないので地理的には「島」のような状況になり、これまで海洋国家として国の発展を図ってきた。今後は北朝鮮を動かすため中国の力をかりて新しい政策をとったり、国の発展を中国のある大陸において実現しようとの発想もありうる。
日韓関係について述べたい。日本人は韓国が反日だと思って否定的にとらえ、韓国と付き合う必要はないと思う人も多いが、それは感情論である。国際情勢を考えると、地理的に韓国が隣に存在するのは動かしがたい事実で、付き合わざるを得ない相手である。韓国の存在は大きくなってきているし、慰安婦問題を国際的に喧伝していることなどで日本への影響力も強くなっているので、日本では反韓・嫌韓感情が高まる傾向があるが、放っておいてすむ話ではない。経済や安全保障の観点もある。だから韓国の考え方や行動を知る必要がある。いまの韓国には「安倍はけしからん」との異様なほどの雰囲気がある。その当否はともかく、裏返せば日本に強い関心があるのである。世界の中で日本を一番好きなのは、実は韓国人である。村上春樹の本は世界で一番売れているが、韓国人は「ハルキ・ワールド」に日常的に憧れを抱き、韓国の作家の文体や手法にも大きな影響を与えている。フェリーの沈没事故などがあると、すぐ日本の安全対策が話題になる。韓国でも高齢化が急進行しているが、日本はどうしているかに関心が高まり、日本の健康食など食生活にも注目する。ビジネスでは利益が多いので中国を向くが、学ぼうという姿勢は中国にではなく、日本に向いているのである。日韓関係は悪くはないし、その展望も悪くはないのである。慰安婦問題が国際化されてしまったため何もしないのは得策ではなく、自分は、人道的観点や女性の尊厳の問題という見地から、例えば女性の人権保護のための国際的基金の創設を提案するとか、何らかの手を打つことが大事だと考える。その際には韓国が要求する日本の法的責任の追及などは取り下げてもらうべきだ。何もしないのは国際的にまずい。外交当局間で話し合いが進むことを期待したい。
(質疑応答)
Q::請求権問題は日韓政府間で解決済みと合意したのに、韓国は何故蒸し返すのか。
A:韓国国内の状況が変わったことがある。90年代以降の民主化によって韓国社会での国家の権威が非常に後退してきた。女性団体などNGOの影響力が強まり、「国家より個人」という革命的な考えが強まっている。その雰囲気に押されて裁判所の判決も影響を受け、政府もそれに抵抗できなくなっている。日本政府は「韓国はゴールポストを動かしてしまう」と批判しているが、韓国社会ではそのような動きを是としてしまう、国民の情緒が支配している。日本大使館前の慰安婦像設置も違法だが、当局はそれを撤去できないし、しようともしない。法律は国民の情緒より下位にあるような状況だ。
Q::最近の韓国外交の「大陸志向」について、かつて中国に朝貢外交をしていた韓国のDNAが、近年中国の力が強まったことによって「先祖帰り」になったのか。韓国の動きに対しては、慰安婦問題も含め騒ぎ立てない姿勢(benign neglect)がいいのではないか。
A:昔から韓国の事大主義には批判があるが、韓国人は我々は昔の韓国ではないと反論している。朝貢外交は李氏朝鮮時代にはあったが、高句麗は中国と戦ったこともあり「他のDNA」もあるとの議論も聞かれる。「騒ぎ立てない勢」をとっても韓国に引き込まれて対応せざるを得ない状況になることもあり、放っておけないこともある。
Q:南北統一に中国の力を借りるとの考えに実現性はあるか。
A:北朝鮮は何を考えているかわからないところがある。中国が統一に賛成か反対かも明確ではない。統一された朝鮮半島が中国に無害であればいいのであろうが、そうなるかどうかはわからない。南北首脳会談の実現はありうる。
Q:日本のマスコミは韓国について問題点をことさら強調する。韓国人は日本が好きだと書いたら売れなくなるのだろう。
A:メディアはもめごとがあった方が売れるのは確かだが、最近の日韓関係についてはネットでの反韓・嫌韓記事が圧倒的に多く、一般のマスコミは極端な反韓・嫌韓は見苦しいと考え、品格などの見地から、むしろそれを抑える傾向にある。
黒田さんの話に多くの人が興味を持ち質疑が相当時間を超過したほどだが、「とても面白かった」と好評で、講演後の懇親会も大いに盛り上がった。
本年4月から始まった「戦後70年、『歴史認識』を考える」シリーズと題した第4回目の絆サロンは、9月7日に最終回を終えて、このシリーズの幕を閉じた。今回のテーマは、安倍総理談話の内容と海外の反応について考えるとの趣旨で、先ず、お二人のパネリストにご意見を表明していただき、それをもとに自由な意見交換をした。議事進行役は、杉山芙沙子氏(テニス・アカデミーの校長でスポーツを通じた人間教育の活動に従事)と私が努めた。
最初に、8月14日に行われた安倍総理の談話のポイントと海外の反応を私から説明した。これについては、私のホームページに掲載済みであるので詳しくはそれをご覧いただきたいが
(http://www.judo-voj.com/Japanese/abedanwa.html)、とくに次の点を指摘した。
・20世紀の歴史の中で我が国が世界の情勢を見失い戦争の道を進んだとの発言は謙虚さを示し好印象を与える。
・「事変」「侵略」「戦争」に触れ、「植民地支配から永遠に決別」「先の大戦への深い悔悟」に言及したが、全体として、事実の叙述が多く、総理の気持ちが直接的に表明されてはいない。ただし、「歴代内閣の(反省やおわびの)立場は、今後も、揺るぎない」と明言したことで補っている。
・子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとの発言は正当ではあるが、現代の世代がそれをどのように達成していくべきかについては触れていない。
・海外の反応については、とくに中韓両国が抑制されたトーンを示したのは安倍総理の意図が功を奏したと思われる。とくに朴大統領が「歴代内閣のの立場が今後とも揺るがないとした点に注目している」旨述べている。
次いで、パネリストの大島春行氏(前NHK解説委員)が、安倍総理の基本的姿勢について、世の中が複雑化し連立方程式を解くことが必要な時代に足し算・引き算で答えを出していくスタイルで、わかりやすいが現実には弊害も生じると指摘。談話のニュアンスには、戦争に勝った者が正義であるとの考えはアンフェアだと言おうとしたり、西欧諸国の植民地体制が行き詰って戦争が起きたと言っているように感じられる、談話には主語がないことが多く、問題点への発想や政策手順が単純だとの趣旨を述べた。もう一人のパネリストの仙名玲子氏(主婦)は、戦争中は父親の仕事の関係で1939年から家族とともに奉天に住み、青島、北京を経て終戦に至り、日本に引き揚げた。多くの苦難があったが中国人にも助けられたそうだ。先に帰国していた母と姉を広島の原爆で亡くした体験や引き揚げ後は山口と福山を経て東京に移り住んだこと、高校時代にアメリカ留学の機会を得たことなどを具体的に話された。その後の仕事の経験などをもとに、戦争が起こるのは異文化理解の不足で摩擦が起きることも影響していると述べた。
また参考までに、この会には参加できなかったが、歴史問題について多くの著作や発信をしている京都産業大学世界問題研究所長の東郷和彦氏(2013年に当サロンで講演)が雑誌「月刊日本」9月号(34〜37ページ)に発表したインタビュー記事を私から紹介した。東郷氏は、安倍談話が「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」としたこと、事前に思われていたより踏み込んだ内容で日本の過去の行動について謙虚さを示したことなどを評価している。また、子や子孫に謝罪を続ける宿命を背負わさないとの点に関しては、「日本人が過去の歴史に真正面から向き合わなければならない」との総理の発言を対にして読むべきとし、安倍演説は1985年のドイツのワイツゼッカー大統領の演説に比肩する村山談話を継承するものとしてとらえるべきと思うと述べている(詳細は同誌記事参照)。
これらをもとに、会場の参加者も一緒になって意見交換を続けた。以下に主な意見をご紹介する。
・総理が西欧諸国を中心とした植民地化に触れつつ、日露戦争がアジアやアフリカの人々を勇気づけたと述べたことは看過できない。当時の大陸への侵攻や朝鮮半島政策も美化できない。
・総理談話発出前に訪中し、中国外務省関係者らと接触したが、安倍談話の内容がどうなるかを非常に心配していたことを強く感じた。それからすると実際の談話は内容的に抑制されたもので、ホッとした。総理はいろいろな方面に配慮を見せたのだろうが、総理が何を考えているかが必ずしもよくわからなくなった。安倍政権成立時は外国にいたが、海外のメディアは安倍政権の好戦性を警戒していた。他方で、欧州諸国は武器輸出三原則や集団自衛権を行使しないとの日本の戦後の政策は理解できないでいる。安倍政権が戦後のどのような状況から出発して今の政策を進めようとしているのかについて誤解されないよう、よく説明していく必要がある。
・自分たちは先の大戦に関与はしていないが、同時に先輩たちが築いてきた戦後の良き蓄積の恩恵を享受してもいる。戦争に関与しなくても時代を引き継いでいるので、歴史を直視していくべきだ。ただ、安倍総理の言動には危うさを覚える。
・安倍総理談話は結局世界からあまり注目されなかったが、談話の片言隻句を論ずるよりもっと広い問題にも目を向けるべき。安保法制は重要なので十分議論すべきだ。
・談話が内容的に抑制されていたため近隣国からの反発がなかったわけで、その意味で注目されないことはむしろ良かったのではないか。
・安倍総理の政治スタイルが単純であるとの意見に同感。もっと複眼思考でいくべきだ。外務省の対中国、対韓、対北朝鮮政策は成功していない。総理は、きちんと方向を定めて戦争等で迷惑をかけた近隣国や東南アジアをもっと回るべきだ。
・中国全体を悪いと決めつけるべきではない。これからの中国には楽観的だ。草の根交流を強化すべき。
・歴史を反省し直視すべきといっても、我々は昭和や戦争の歴史を教えられてこなかった。歴史教育の強化が必要。おわびをいつまで続けるのか。客観的事実を知ったうえで、100年もたてば歴史的事実に謝罪はしないとの方針を宣明すればよいのでは。
・談話は誤りたくない総理に識者が影響を与えたようだ。隣国との困難な関係の現実の中で功利的に解決策を探ることも悪いことではない。その意味で談話はよくできている。
・総理は実際に談話で述べたこととは異なることを言いたかったのであろうが、各国、各方面から多数の注文が出てあのような結果になったのであろう。総理には学習になったのではないか。
・国が歴史教育を強化する必要があるとされているが実行されていない。若い人も含め自分たちはどうするかを考えるべきで、我々は自ら歴史を学び、子供たちにも教えていくことも重要だ。
最後に杉山芙沙子さんが、各自が歴史的事実を家族や孫などに伝えていく必要があることを述べて締めくくった。
この日の意見交換は、必ずしも結論をまとめようとするものではないが、多くの率直な意見が出て、それぞれ参考になったとの声が聞かれたのはよかった。懇親会でも最後まで対話が続いた。歴史認識を深めるべきだとの気持ちは皆に浸透しているようにみられた。「歴史認識」を考えるというシリーズで、参加者にとってさらにこの問題を考える機会が増したのであれば幸いである。
3月24日の第34回絆サロンは満員盛況。酒井啓子千葉大学教授が世界を震撼させている「イスラーム国」(以下、ISと略称)と中東情勢の展望について語ってくれた。中東地域の地図なども用いての説明は内容的にとても分かりやすかったが、今後の展望は複雑であることも理解でき、心理的な不安を抱いて帰路に着いた。以下に、先生の説明をまとめてみた。
1月7日のパリでのシャルリ・エブド社などの襲撃事件に始まった過激派の活動による危機は急速に深刻化している。日本人にも犠牲者が出たが日本人がターゲットというわけではなく、世界全体が暴力の嵐に巻き込まれた状態だ。
一連の事件の真の始まりは、「アラブの春」後の関係国における混乱と政権の事態収拾能力の欠如にある。国内の混乱などのある問題国が「スイッチ」のような状態にあり、ISはそこを狙って火をつけていく。2006年、イラク戦争後に反米機運の強かったイラク西部でアルカーイダ系組織の分派として成立した勢力は、米軍主導で行われた住民とテロリストを切り離す掃討作戦でイラクから追い出されたが、シリア内戦に乗じて拠点をシリアに移して勢力を拡大し、ISを名乗りイラクに舞い戻りチグリス・ユーフラテス川沿いに南下しモスルを陥落させて、ファルージャを陥れた。昨年6月、イラクの一部がISに制圧されたことは世界に衝撃を与えた。IS が目指しているのは「カリフ制」の再興であり、厳格なイスラーム法の支配を目指すが、どのようなカリフ制をつくるかの議論は煮詰まっていない。同じようにイスラーム法の厳格な支配を標榜するワッハーブ派のサウジよりも厳格で、シーア派を異端として認めず、キリスト教会を破壊、古代遺跡までも破壊する。ISはけしてイスラームを代表するものではない。
ISの活動が拡大した背景にいくつかの要因がある。ひとつは、シリアが内戦によって「破綻国家」化したため、ISが権力の空白地点に拠点を築いた。周辺国がシリアの反政府派に資金等を提供したが、ISがその反政府勢力を制圧して武器や資金を接収した。次に、イラク戦争後の復興の失敗がある。軍人を含む旧フセイン体制派がイラク戦争で「追放」されたことに反発して返り咲きを狙ってISに加わっている。さらに、マーリキー政権の腐敗や独裁に反発するスンナ派住民がISを容認している面もある。海外から多くの「兵士」がISに合流する背景には、フランスなど欧州諸国における多民族共存社会形成の失敗がある。イスラーム教では父親がイスラーム教徒であれば生まれた時から自動的にイスラーム教徒になり、棄教は出来ないことになっている。欧米諸国で生活している移民系の若者は就職が出来なかったり社会的に差別されていると感じて居場所を見つけられないでいるが、こういう若者がイスラーム教徒としての自覚を強めるようになり、そこにISが巧みに勧誘し、それに乗っていくのである。さらに、ロシア(主としてチェチェン)、アフガニスタンなどからも居場所を失った活動家がISに合流する。チュニジアやモロッコでも自国の社会経済的状況に辟易した者、あるいはその他の国でも暴力にあこがれる若者などがISに参加していく。
これに対し、周辺国は対米協力で反IS戦線として統一できないでいる。イランやイラクのシーア派諸国は徹底してISに敵対するが、スンナ派諸国はISに脅威を感じても「スンナ派ならISに攻撃されない」との安心感や報復の怖さなどで、さほど敵対しない。大きな問題はシリアに対する対応だ。アサド政権はシーア派のアラウィ派出身で、反政府勢力はスンナ派だが、スンナ派のISを叩くとアサドの延命に繋がることになる。さらに、サウジはイランを最大の脅威と考えており、また、自国内にクルド少数民族を抱えるトルコは、ISに対峙するクルド民族の台頭を望まない。かくして、脅威と感じているISの台頭に地域の国々が統一的に対応できないでいる。
アメリカはじめ複数国がシリアやイラクのISに対して空爆を始めたが、空爆でISを退治できるのか。この点については、ゲリラ組織は逃亡可能であり、空爆で被害を受けるのはISの兵士より地元住民が多くなる。ISの国民や兵士はいつでも海外から入れ替え可能である。結局、世界のいろいろな矛盾や政策の失敗が絡んでいて、空爆での退治は不可能にも思える。米は地上軍を投入できないでいる。もともとの原因を断つような根本的見直しが必要である。
講演後の質疑応答が行われたが主要な応答のポイントは次の通り。
Q:サイクス・ピコ協定(第1次世界大戦中に英仏ロシアの間で結ばれたオスマン帝国領の分割を約した秘密協定)がなければ今の状況は変わっていたか。
A:第1次大戦後の様々な矛盾した政策なども原因にある。
Q:イスラームを一括りで見てはいけないが、日本人にとって分かりにくい価値観にはどんなものがあるか。
A:ヨルダンのパイロットを焼殺するようなやり方などはイスラーム教徒としても理解できない行動だ。イスラーム社会は大衆化して伝統的価値観を教えても聞かないような状況になっている。
Q:空爆の影響はどうか。
A:空爆によって、ISの資金源である石油施設が破壊されて財政状況も厳しくなっている、という面がある。
Q:現状の状況がクルド独立に与える可能性は ?
A:クルド民族だけが徹底的にISに対して戦っている。それにより、米に恩を売って独立を目指そうとするが、他にも様々な要素があり、果たしてそれが独立に役立つかは不明である。
- 2014.12.13 Saturday
- 21:43
長井鞠子という人をご存知の方も多いと思う。歴代の日本の総理や各国元首級要人の通訳をつとめてきた我が国きってのベテラン通訳さんだ。今年の3月にNHKスペシャル「プロフェッショナル:仕事の流儀」でその仕事ぶりや人となりがたっぷり披露されたので覚えている人もいるだろう。実は、そんな有名な長井さんと私は親しい友人同士である。高校3年の時、1年間のアメリカ留学をしたときの同期生だ。なかなか来てもらえない超多忙な人が絆サロンに登場してくれたのは、鞠子さんの友情からで感謝している。
私が聞き役で、鞠子さんの真実に迫った。話は実に自由闊達で面白く、大事な点をついていて、聴いていた人の心をとらえた。あとから多くの人に「第2回目をやってください」と頼まれたほどだ。そのときの「サワリ」を以下にご披露する。
なぜ通訳に?
仙台出身の長井さんは幼いころ、お母さんが英語を話し通訳などをしているのを見て面白いと思ったそうだ。高校時代にAFSという交換留学制度でテキサス州の高校に1年留学し、帰国後国際基督教大学(ICU)に入学。在学中(1964年)に東京オリンピックがあり、水泳競技の通訳をしたという。若い時から目指す方向が決まっていたのかもしれない。ICU卒業後、まるで自然の成り行きのようにサイマル・インターナショナルという日本草分けの通訳会社でプロとしての通訳を始め、今日まで現役の会議通訳者として活躍している。歴代の総理の通訳、各国要人の通訳、サミット(主要国首脳会議)、国連やオリンピック関係の重要会議の通訳を数多くこなし、引っ張りだこの毎日である。私の質問に答え、「まあ、お声がかかれば80歳ぐらいまでは続けたい。90歳台になったら趣味の音楽(丸の内交響楽団所属のれっきとしたビオラ奏者でもある)の方に転ずることも考えたい」という。そのヴァイタリティーや意志の力は超人的である。
通訳とは? 通訳のコツは?
通訳の仕事を見ていると凄いなあと思う。あらゆる分野のテーマについてどんどん通訳していく。同時通訳というと、なおさら頭が良くて回転が速くないと務まらないように思える。知らない単語が出てきたらどうするか、話す人がトンチンカンで意味不明のことを言った時はどう訳すのかなどと心配する。プロの鞠子さんに様々な質問をぶつけてみた。すると、立て板に水を流すようにどんどん答えが出てくる。話の内容が具体的で、臨場感もあり、とても面白い。かと思うと、なるほどと思わせる深い示唆もある。
彼女が言うには、通訳は英語(外国語)ができればよいというものではない。それぞれ文化の違うところで形成された言語の橋渡し(コミュニケーション)をするので、文化の違いに関心を持ち、違いが意味すところのものを理解できることが必要になる。言葉は人間の営みを反映する。だから、通訳としては、まず人間に対する関心が強く、世話好きで、おしゃべりであることが重要になる(なるほど、長井さんもとてもおしゃべりだ)。「ことばの上に『人間』がいる」からだ。人間の営みの多くのことに関心があるべきだが、一つ一つを深く掘り下げていたらやりきれないから、表面をひっかいてみるような感じで多くのことに関心を向けて、それぞれの事象について一定の感覚を持つことが重要だという。通訳は森羅万象の話題を通訳しなければならない。事前準備が大変でしょうというと、2時間の会議のために5日間ぐらいかけて勉強する仕事もあるそうだ。膨大な資料が渡されると、それを一定の時間で理解しなければならないが、それも勘や慣れ、経験がものをいう。「スキルは磨くもの」だそうだ。
通訳には、「無機質」型と「乗り移り」型があるが、長井さんは明らかに「乗り移り型」だと自己分析する。きちっと言葉通り訳していくことに重点を置くというより、通訳する相手の人になりきって訳さなければならないと考える。たとえ自分と考え方が違ったり、好感が持てなくても、仕事としてその人の気持ちに立って訳すことが必要なので、その人になりきろうと努力すると語る。
因みに、長井さんは超多忙な中で趣味として和歌を勉強しているが、それは、漢語では適切に表現できない心を「やまとことば」で伝えることができるよう、言葉を極めたいとの気持ちからだと説明してくれた。長井さんの言葉にはプロとしての凄い心構えや風格が感じられる。
国際会議での日本人
長井さんの近著「伝える極意」(2014年2月発刊、集英社新書)の中に「国際会議での日本人」(第4章)というのがあって、小項目に「居眠り」「『みなまで言うな』の文化」「日本人の『顔が見えない』理由」などの興味をそそる話題がある。
そのようなテーマに話題を転じると、長井さんは、一般的に日本語は論理的でないと言われたり、日本人はプレゼン能力が低いと批判されたりするが、必ずしもそうではないという。因みに、あの小沢一郎さんの演説は結構論理的で訳しやすく、外国人にも通じやすいのだそうだ(私は、ヘーッと意外に思ったが)。日本人の発言には全てのことばを使っていなくても論理はあるので、よく聴いて、なぜそう言ったのかなどと分析してみると理解できる。それを訳せば通じることになる。日本語の「余白」「余情」のような表現も、分析して訳していく。それにしても、そうするにはとっさの分析をする能力が必要だが、それは普段の意識的な訓練で磨くことができるのだそうだ。
プレゼンだって、上手な日本人は少なくはなく、それは、訓練がものをいうと説く。先般のオリンピック・パラリンピックの招致活動では関係者がイメージを描きながら繰り返し繰り返し、実に熱心に表現やジェスチャーの訓練をした。聞く人にアピールできたのはその繰り返しの訓練の賜物だそうだ。通訳者の鞠子さんも一緒に練習したそうである。
世界のリーダーたち、日本の歴代総理のそばで
世界の指導者たちの通訳経験が豊富なので、ずいぶん面白いエピソードもお持ちだと思う。出来れば未公開の秘話でも聞きたいものだが、職業倫理上そうあからさまには言えないのも理解できる。1980年代半ばごろの中曽根総理時代のボンのサミットでは、世界のリーダー達の姿が印象的だったという。カギタバコを手にするドイツのシュミット首相のカッコよさ。ソ連がペレストロイカ政策を始めたころ、サミット主催国であるイギリスのサッチャー首相はサミットに初めてゴルバチョフ・ソ連共産党書記長を招いて議論の仲間に入れた。まさに歴史の大きな転換点に通訳として現場に身を置いた鞠子さんは、全く違う明るい感じのソ連のリーダーの出現で冷戦終了を実感したという。
日本の指導者の中では、中曽根総理が、論理性や説得力で首脳外交において目立った影響力を発揮したそうだ。自作の俳句を披露するなどして、他国の指導者たちを感心させることにも長けていた。日本的な素養を持つことも一国の指導者として敬意を惹きつける所以である。故大平総理は言葉少なに「アー、ウー」を繰り返していたと一般には批判されたりもしたが、実際の大平さんは、話の全体を分析すると、論理もあり、また深い思想もある。メディアの安易な批判だけではわからない。現場に立つ人の視点もし知る必要がある。日本の指導者にも立派な人もいることを長井さんは示唆したのだろう。私も中曽根、竹下両総理時代に外務本省にいて総理のお供で首脳外交のお手伝いをしたが、全く同じ感じを抱いたことを思い出す。
若い人へのメッセージ
最後に、近年「グローバル人材育成」が叫ばれるようになったなかで、若者へのメッセージを求めた。彼女の答えは、「とんがった人になれ」ということだった。つまり、言葉がうまいだけではだめだ、周りの空気を読んでうまく立ち回るのではなく、自分の考えを持って主張せよということだと解説してくれた。自分が泣いているのなら、なぜ泣くのか説明しなければならない。日本的な見方や考えを披露しながら相手が興味を持つことに意見を表明すれば、おのずと周囲は興味をいだき尊敬の念を持つであろうという趣旨である。
今日の社会の中で若者が苦しんでいることについて、教育社会学が専門の本田由紀東京大学大学院教授は近年積極的な論陣を張っている。「もじれる社会」とは、もつれ、こじれる現在の社会を指す言葉だそうで、発刊されたばかりの先生の書名でもある(11月1日付「週刊東洋経済」誌の書評参照)。
10月28日の第31回絆サロンで、本田先生が熱弁を奮ってくださった。用意していただいた豊富なパワーポイント資料は、教育、仕事、家族の三つの分野を繋ぐ三角形の視点で日本社会を分析して今日の若者が遭遇している諸問題を明快にひも解いてくれる。
以下は、複雑多岐な問題に対する先生のお話を、私がごく大雑把にまとめたものである。
(戦後日本社会の変化と二つの世代)
戦後の日本社会は、高度成長から安定成長に移る1972年前後およびバブル崩壊の1991年の前後を境に大きく変化した。生活保護世帯数、失業者数、大学等進学率、産業構造、その他の社会指標は、特に後者の変化が顕著であったことを物語っている。戦後の1947年頃生まれた団塊の世代と、その子供たちである1972年前後に生まれた団塊ジュニア世代のライフコースはそれぞれ、この社会変化から大きな影響を受けている。
高度成長期から安定成長の時代にあっては、「戦後日本型循環モデル」が極めて順調に機能した。政府の産業政策が奏功し、正社員を中心とする雇用は長期安定し、年功賃金も有利に働いて家計を向上させた。家庭では母親が中心になって高い教育意欲のもとに教育費を積極的に投入していたことにより、教育に対する公的支出の少なさを家計が補っていた。一方、教育が生み出す新規労働力は新規学卒一括採用などに反映される旺盛な若年労働力需要を満たした。
しかし、それまで太い柱で繋がれうまく組み合わされて上昇してきた教育、仕事、家族の関係は、バブル崩壊の90年代以降は破綻してバラバラになって来たのである。財政赤字もあり、セーフティネットも切り下げられ、経済成長率の低迷により賃金や労働時間が劣悪化し、非正社員が増加し、貧困に耐える個人も増加した結果、家庭での教育費支出や教育意欲も衰え、家庭間格差も拡大した。若者の中には離学後に低賃金で不安定な仕事につかざるを得ない層が増大した。その結果、現在では国際的にみても日本は富裕層と貧困層の格差や貧困率などで他の先進国に比べて相当劣っている。従って、今日の若者の苦境は彼ら自身の甘えなどによるものではなく、社会構造の変化から来るものである。
(仕事の現状)
循環モデルが破綻した現在の状況では、正社員の比率が減少し、非正社員が増大した。正社員でも「ジョブなきメンバーシップ」が生み出す長時間・過重労働の問題があり、心身を病む者も増加している。非正社員は「メンバーシップなきジョブ」で雇用の不安定さ、低賃金、手薄い教育訓練などに苦しめられている。
(教育の現状)
成長期には「学力」という基準に基づく選別と自己選別が強固に存続して循環モデルが機能した。90年代半ば以降は「人間力」「生きる力」などの基準も加わるが、学校での習得は保証されずに家庭の経済力に左右されて格差化が進み、不安が増している。現在の生活や将来の仕事に意義・有用性を持つ具体的な知識やスキルを形成する教育は少なく、若者の学習意欲も低下している。国際的にみると、教育内容では日本は先進国の中で普通科に著しく偏っているし、企業の曖昧な採用基準などの問題からマッチングが非効率であり早期離職も多い。学業終了時の若者は十分な職業的準備もできないまま、いわば「赤ちゃんの状態で」社会に引き渡されることになっている。学卒一括採用から漏れた者への支援も手薄である。若者の就活自殺も増加傾向にある。
(家庭の現状、若者の意識)
高度成長期から90年頃まで、企業の安定雇用と年功賃金もあって、家庭は父母の性別役割分業を前提として子世代と高齢世代の扶養を担ってきた。仕事・家族・教育の間に密接な循環が成立していたが、90年代以降は正社員の過重労働、非正社員の低い賃金などによりこの循環が崩れ、格差や分断が拡大し、家族内の役割分担の混乱や合意の崩壊が起きている。家庭の経済力が学力や進学に影響を与え、仕事の内容や賃金レベルから家族を持てない若者も増えている。
こうした中で若者の意識調査を見ると、日本では諸外国に比し自己を肯定的にとらえる者の割合が低い、憂鬱と感じる者の割合が高い、意欲的な取り組み意識や規範意識が低い、社会参加意識・家族といるときの満足度・友人関係や学校への満足度なども相対的に低い、将来への明るい希望も低いなどの問題がある。早く結婚して自分の家庭を持ちたいと思う意識は欧米諸国と比較して相対的に高いが、40歳になったときに、結婚している、子供を育てている、というイメージを持っている者の割合は相対的にやや低い。
(どうしたらよいか)
こうした状況は深刻であるが、新たな循環モデルを作ることが重要である。そこでは、NPOや社会的企業を含めてジョブ型正社員を増大させ、ワークライフバランス改善や男女共同参画等を通じて家庭と仕事を両立可能にすること、教育面では学校を保護者や地域に開かれたものにしていくこと、学校が家族へのケアの窓口になることが重要である。また、教育の職業的意識、リカレント教育を強化することなどが重要な要素である。これらによって仕事、家族、教育の間に強固で双方向の新たな柱を築いて繋いでいくことである。政府には職業訓練などのアクティベーションやセーフティネットの構築などが期待される。
講演後、参加者の中で最も若い29歳の男性が感想を述べた。大要、「自分は日本の社会で朝から晩まで働いたがやりがいを見つけられず、将来の生きる道を模索するためインドネシアなどで柔道などを教えながら生活をしている。日本では随分落ち込んだりしたが、アジアで生活してみて自分の生きる意義や価値が少しわかり、幸せ感も持てるようになった。先生のお話を聞いて、自分が日本でうまくいかなかったのは自分だけの責任ではないということも感じて、救われ勇気づけられた」という趣旨だったかと思う。
私自身、先生のお話を聞いて、今日の社会の問題の深刻さと課題の膨大さに胸が締め付けられた。単純に今日の若者に覇気がないと批判することは間違いであり、家族・教育・仕事の面から社会の構造問題を知って若者に寄り添い、「もじれる社会」を変革することが重要であるということに気付く。それでも、新たな循環モデルを創ることは決して簡単ではない。そうであればこの問題についても政治の指導力が極めて重要である。「女性が輝ける社会」など安倍政権は果敢に新しい政策を打ち出しているが、もうひとつ、「若者が希望を持てる社会」をつくる政策も強力に打ち出してもらいたいものだ。
その観点から思いつくのは、私が在勤したデンマーク社会の仕組みである。デンマーク社会は今日の日本社会の対極のようにうまく機能している。学校における幅広い職業教育や離職後の手厚い職業訓練による転職の容易化、原則無料の教育費などはもちろん税金で賄われる。税金が高くても世界一の幸せ感を持つデンマーク国民には、「高負担、高福祉」の制度に国民的コンセンサスがある。残業のない職場、家族が一緒にいる時間が極めて多く男女協働で家事育児に携わる生活などは、出生率を高め、女性の就業率の高さに貢献し、それが国家の税収増にもつながる。日本では真似のできないことも多いが、税金の役割やワークライフバランスについては参考にできることも少なくない。
calendar
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
29 | 30 | 31 | | | | |
|
selected entries
archives
recent comment
links
profile
search this site.
others
mobile
powered