どうなっている、絆郷?

  • 2017.06.03 Saturday
  • 11:46

このブログ欄でお知らせしていた絆郷の活動報告が、1月以降途絶えてしまった。この欄を見てくださる皆様から、「どうなってるんだ」とお叱りの声が聞こえるような気がする。

心よりお詫び申し上げ、その後の状況について以下に遅まきの報告をします。

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前国連大使が語る国連の現実

2月23日、「国連があるニューヨークのイーストリバーには今、二つの風が吹いている」という導入で始まった「国連の虚像と実像」と題する吉川元偉前国連常駐代表(大使)の講演。新年早々新しく国連事務総長に就任したグテーレス氏は、元ポルトガル首相で10年間国連難民高等弁務官を務めたが、人にこびないバランスの取れた人物として強い期待の風が吹いている一方、多国間主義を軽視する傾向のトランプ氏がアメリカ大統領に就任したことで不安の風が吹いているそうだ。

一般的にはなかなか進展しない国連での審議に苛立ちを感じる向きもあるが、吉川大使は、PKO、北朝鮮、国連安保理改革などの問題について国連での現場体験や日本国内の制約要因など豊富な事例で具体的に説明してくれたので、なるほど現実はそうなのかと理解した人が多かった。大使は、国連はあまり役に立たないと思う人と国連を理想化する人の両極があるが、実際の国連の実情を踏まえて出来るだけ日本らしい役割を果たすべきであると結んだ。我々国民も国連に一層関心を持ち、国連の現実を良く知ったうえで日本の行動を促し支援する姿勢が大事であるとのご指摘であると受け止めた。

講演後多くの質問や意見表明があった。日本人として初めて国連職員に採用され長年にわたり国連事務次長も務めた明石康氏や衆議院議員の原田義昭氏も積極的に議論に参加した。例えば、日本はこれまで加盟国中最多の11回も安保理の非常任理事国に選出されて活動していることに関連して、吉川大使から国連で選挙に勝つことがいかに難しいか、また、2005年には日本などいくつかの国を安保理常任理事国にするための改革論議が盛り上がったが、結局中国が日本の常任理事国入りに強く反対し、その他さまざまな要因で改革は実現しなかった経緯などについて説明があった。日本が世界の平和を目指す国連でより大きな役割を果たすためにも国連改革は必要であることから、まず、「準常任理事国」ともいうべきカテゴリーを設けることに加盟国間で合意を作り、日本がそこに選出されて実績を積んで評価を得た段階で常任理事国またはそれに近い地位を目指すとの2段階論も提示された。国連には様々な立場の国や多くの要因があり、意見の集約は実に大変であるが、日本は国連の現実を踏まえて何度も繰り返し議論を展開していくことの必要性が指摘された。

複数の参加者から、多国間外交の中心舞台である国連に対する「トランプの風」への懸念が表明された。

 講演後の懇親会でも、大使を囲んで話の輪ができた。「国連の現実がわかってとても参考になった」との感想が何人かの参加者から述べられた。

 

カンボジア伝統舞踊団の訪日招聘公演の実施

3月28日から4月3日にわたり、カンボジアの素晴らしい青年舞踊団が来日した。これは私が現地で何度か練習風景を見学して、その清楚で精神性のある舞踊の素晴らしさに感銘を受けて招聘することを決めたからである。カンボジア舞踊の伝説的な第一人者のボッパデヴィ王女が率いる30名の舞踊団が東京で5回の公演を行った。これに上智大学の石澤良昭先生による「アンコールワットの女神像ととアプサラダンス」という講演や、能や日本舞踊も参加して多彩なプログラムを組んだので、よい文化交流となった。

国際交流基金アジアセンターの助成をいただいたが、それ以外に多くの企業に協賛金をお願いし、インターネットでクラウドファンディングで協力を求めたりしてお金集めや集客は大変苦労したが、なんとか無事終了した。すみだトリフォニーホールの大ホールでの「ラーマーヤナ」という長編舞踊劇には秋篠宮殿下御夫妻も御臨席を賜った。

滞在中の模様は下記をクリックしてご覧ください。

https://readyfor.jp/projects/11130/accomplish_report

 

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政治家による政治家の話

 5月25日に第46回絆サロンを開いた。「政治家による政治家の話」と題し、私が昔から親しくさせていただいている三原朝彦衆議院議員にお話を伺った。このような趣旨の会にしたのは、新聞やテレビなどでは政治家のスキャンダルや与野党間の党利党略がよく報道されるので、「政治家はいったい何をしているのか」というイメージになりやすい。生身の政治家から直接話を聞くことによって、政治の世界の一端を身近に感じてもらのは意義があろうと考えたからである。

三原先生は、まず、なぜ政治家になったかを、いつもの快活さと率直さで語ってくれた。一橋大学時代は柔道部キャプテンを務めるなどをして「勉強もしなかったので」、卒業後しばらくしてカナダのカールトン大学に留学して修士号を修めた。このカナダでの生活では、カリブ海地域やアフリカ出身者も多く、親交を結ぶうちに将来途上国の開発問題について関わりたいと考えるようになったそうである。26歳の時リュックサックを担いでエチオピアなどアフリカを回ってみた。現地で懸命に汗を流す日本の海外青年協力隊員の活動に感銘を受けて、自分も途上国の役に立つことをしたいと一層思うようになった。29歳の時、当時大平内閣の総務長官として入閣したお父上の政務秘書官となって政治の世界に入ることとなったが、「アフリカのことを忘れない」との決意を新たにした。実際、39歳で衆議院議員に初当選してこれまで7回当選されているが、議員活動としても40か国あまりのアフリカ諸国を訪問したほか世界中を見て回り、政治家として開発問題に携わっておられる。

政治家には選挙に勝つことが何よりも重要で、選挙のためには資金も必要だ。アフリカ開発のことに努力をしても選挙の票にはなかなか繋がらない。国益と選挙区の利益とは直接結びつかないこともある。鳩山由紀夫氏らと新党「さきがけ」運動に身を投じたこともある。3度の落選を経験したが、当落は天国と地獄ほどの差がある。それでも、三原議員は政治活動の行動規範として、知行合一を実践したいと考えている。そして、難しい政治の現実があっても理想の方向を間違えずに行動することが大事であるとの確信を表明した。

ついで、電話、通信、国鉄、郵政などの民営化の問題、農業の自由化、国民皆保険と医療費、中国の軍事力増大など、幅広い政策課題について熱く所信を語ったが、その中で、途上国支援において日本は何かキラリと光ることを実行すべきとか、絶対に戦争はしてはならないとの政治信念を力強く語る姿に感銘を受けた。

ざっくばらんで率直な三原先生の熱弁に誘われて、参加者から米価問題、日本として打ち出すべき開発援助の具体策、選挙権を18歳にすることに伴う政治教育の問題、政治における『忖度』の当否などについての質問があり、さらに柔道を通じた世界との交流の重要性、開発援助や国際貢献予算の増額に関して意見表明などが活発に提示され、これらに三原先生が丁寧に答えられた。

 

政治家も千差万別なのは当然であるが、大きな声で信念を語る先生の発言から、難しい政治の世界の現実の中で「知行合一」を心掛ける政治家としての真摯さが伝わってきた。また、極めて多岐にわたる政策課題に取り組む政治家の日常生活にもあらためて認識を強くした。

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