会議通訳者長井鞠子さんのとっておきの話

  • 2014.12.13 Saturday
  • 21:43
  
   
長井鞠子という人をご存知の方も多いと思う。歴代の日本の総理や各国元首級要人の通訳をつとめてきた我が国きってのベテラン通訳さんだ。今年の3月にNHKスペシャル「プロフェッショナル:仕事の流儀」でその仕事ぶりや人となりがたっぷり披露されたので覚えている人もいるだろう。実は、そんな有名な長井さんと私は親しい友人同士である。高校3年の時、1年間のアメリカ留学をしたときの同期生だ。なかなか来てもらえない超多忙な人が絆サロンに登場してくれたのは、鞠子さんの友情からで感謝している。
私が聞き役で、鞠子さんの真実に迫った。話は実に自由闊達で面白く、大事な点をついていて、聴いていた人の心をとらえた。あとから多くの人に「第2回目をやってください」と頼まれたほどだ。そのときの「サワリ」を以下にご披露する。
 
なぜ通訳に?
 仙台出身の長井さんは幼いころ、お母さんが英語を話し通訳などをしているのを見て面白いと思ったそうだ。高校時代にAFSという交換留学制度でテキサス州の高校に1年留学し、帰国後国際基督教大学(ICU)に入学。在学中(1964年)に東京オリンピックがあり、水泳競技の通訳をしたという。若い時から目指す方向が決まっていたのかもしれない。ICU卒業後、まるで自然の成り行きのようにサイマル・インターナショナルという日本草分けの通訳会社でプロとしての通訳を始め、今日まで現役の会議通訳者として活躍している。歴代の総理の通訳、各国要人の通訳、サミット(主要国首脳会議)、国連やオリンピック関係の重要会議の通訳を数多くこなし、引っ張りだこの毎日である。私の質問に答え、「まあ、お声がかかれば80歳ぐらいまでは続けたい。90歳台になったら趣味の音楽(丸の内交響楽団所属のれっきとしたビオラ奏者でもある)の方に転ずることも考えたい」という。そのヴァイタリティーや意志の力は超人的である。
 
通訳とは? 通訳のコツは?
 通訳の仕事を見ていると凄いなあと思う。あらゆる分野のテーマについてどんどん通訳していく。同時通訳というと、なおさら頭が良くて回転が速くないと務まらないように思える。知らない単語が出てきたらどうするか、話す人がトンチンカンで意味不明のことを言った時はどう訳すのかなどと心配する。プロの鞠子さんに様々な質問をぶつけてみた。すると、立て板に水を流すようにどんどん答えが出てくる。話の内容が具体的で、臨場感もあり、とても面白い。かと思うと、なるほどと思わせる深い示唆もある。
彼女が言うには、通訳は英語(外国語)ができればよいというものではない。それぞれ文化の違うところで形成された言語の橋渡し(コミュニケーション)をするので、文化の違いに関心を持ち、違いが意味すところのものを理解できることが必要になる。言葉は人間の営みを反映する。だから、通訳としては、まず人間に対する関心が強く、世話好きで、おしゃべりであることが重要になる(なるほど、長井さんもとてもおしゃべりだ)。「ことばの上に『人間』がいる」からだ。人間の営みの多くのことに関心があるべきだが、一つ一つを深く掘り下げていたらやりきれないから、表面をひっかいてみるような感じで多くのことに関心を向けて、それぞれの事象について一定の感覚を持つことが重要だという。通訳は森羅万象の話題を通訳しなければならない。事前準備が大変でしょうというと、2時間の会議のために5日間ぐらいかけて勉強する仕事もあるそうだ。膨大な資料が渡されると、それを一定の時間で理解しなければならないが、それも勘や慣れ、経験がものをいう。「スキルは磨くもの」だそうだ。
 通訳には、「無機質」型と「乗り移り」型があるが、長井さんは明らかに「乗り移り型」だと自己分析する。きちっと言葉通り訳していくことに重点を置くというより、通訳する相手の人になりきって訳さなければならないと考える。たとえ自分と考え方が違ったり、好感が持てなくても、仕事としてその人の気持ちに立って訳すことが必要なので、その人になりきろうと努力すると語る。
 因みに、長井さんは超多忙な中で趣味として和歌を勉強しているが、それは、漢語では適切に表現できない心を「やまとことば」で伝えることができるよう、言葉を極めたいとの気持ちからだと説明してくれた。長井さんの言葉にはプロとしての凄い心構えや風格が感じられる。
 
国際会議での日本人
 長井さんの近著「伝える極意」(2014年2月発刊、集英社新書)の中に「国際会議での日本人」(第4章)というのがあって、小項目に「居眠り」「『みなまで言うな』の文化」「日本人の『顔が見えない』理由」などの興味をそそる話題がある。
 そのようなテーマに話題を転じると、長井さんは、一般的に日本語は論理的でないと言われたり、日本人はプレゼン能力が低いと批判されたりするが、必ずしもそうではないという。因みに、あの小沢一郎さんの演説は結構論理的で訳しやすく、外国人にも通じやすいのだそうだ(私は、ヘーッと意外に思ったが)。日本人の発言には全てのことばを使っていなくても論理はあるので、よく聴いて、なぜそう言ったのかなどと分析してみると理解できる。それを訳せば通じることになる。日本語の「余白」「余情」のような表現も、分析して訳していく。それにしても、そうするにはとっさの分析をする能力が必要だが、それは普段の意識的な訓練で磨くことができるのだそうだ。
プレゼンだって、上手な日本人は少なくはなく、それは、訓練がものをいうと説く。先般のオリンピック・パラリンピックの招致活動では関係者がイメージを描きながら繰り返し繰り返し、実に熱心に表現やジェスチャーの訓練をした。聞く人にアピールできたのはその繰り返しの訓練の賜物だそうだ。通訳者の鞠子さんも一緒に練習したそうである。
 
世界のリーダーたち、日本の歴代総理のそばで
世界の指導者たちの通訳経験が豊富なので、ずいぶん面白いエピソードもお持ちだと思う。出来れば未公開の秘話でも聞きたいものだが、職業倫理上そうあからさまには言えないのも理解できる。1980年代半ばごろの中曽根総理時代のボンのサミットでは、世界のリーダー達の姿が印象的だったという。カギタバコを手にするドイツのシュミット首相のカッコよさ。ソ連がペレストロイカ政策を始めたころ、サミット主催国であるイギリスのサッチャー首相はサミットに初めてゴルバチョフ・ソ連共産党書記長を招いて議論の仲間に入れた。まさに歴史の大きな転換点に通訳として現場に身を置いた鞠子さんは、全く違う明るい感じのソ連のリーダーの出現で冷戦終了を実感したという。
日本の指導者の中では、中曽根総理が、論理性や説得力で首脳外交において目立った影響力を発揮したそうだ。自作の俳句を披露するなどして、他国の指導者たちを感心させることにも長けていた。日本的な素養を持つことも一国の指導者として敬意を惹きつける所以である。故大平総理は言葉少なに「アー、ウー」を繰り返していたと一般には批判されたりもしたが、実際の大平さんは、話の全体を分析すると、論理もあり、また深い思想もある。メディアの安易な批判だけではわからない。現場に立つ人の視点もし知る必要がある。日本の指導者にも立派な人もいることを長井さんは示唆したのだろう。私も中曽根、竹下両総理時代に外務本省にいて総理のお供で首脳外交のお手伝いをしたが、全く同じ感じを抱いたことを思い出す。
 
若い人へのメッセージ
 最後に、近年「グローバル人材育成」が叫ばれるようになったなかで、若者へのメッセージを求めた。彼女の答えは、「とんがった人になれ」ということだった。つまり、言葉がうまいだけではだめだ、周りの空気を読んでうまく立ち回るのではなく、自分の考えを持って主張せよということだと解説してくれた。自分が泣いているのなら、なぜ泣くのか説明しなければならない。日本的な見方や考えを披露しながら相手が興味を持つことに意見を表明すれば、おのずと周囲は興味をいだき尊敬の念を持つであろうという趣旨である。
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