「迷路に迷い込んだ日中・日韓関係」

  • 2014.09.26 Friday
  • 16:20
   
9月12日の第30回絆サロンは近隣国との関係について考えるとの趣旨で、谷野作太郎元中国大使にお話を伺った。日本にとって最重要ともいうべき日中、日韓関係はかつて例のないほど悪化している。こういう時にこそ、冷静に考える必要があると考えたからだ。
谷野元大使は外務省OBであるが、韓国勤務、中国勤務、アジア局長、内閣外政審議室長、インド大使、中国大使などを歴任された。長い勤務の大部分をアジア外交のために心血を注いだ方である。アジアとの関係で歴史に残る大平内閣時の中国に対するODA(政府開発援助)供与、終戦50周年の際の村山総理談話作成、従軍慰安婦問題に関する河野談話作成など多くの重要局面に中枢部で深く関わられた。信念に基づいて揺らぐことなく、国内外の複雑な考え方を調整して実績を残された方である。
深い経験に基づく中国や韓国の実情、我が国との関係にかかわる具体的事実などの説明は興味深く、ちょうど百名にのぼった参加者が熱心に耳を傾けた。
以下は講演の要旨である。
 
迷路に迷い込んだ日中・日韓関係
一昨年は日中国交正常化40周年であったが、日中関係は「不惑」どころか誠に憂虚される状況に立ち至った。来年は日韓国交正常化50周年であるが、はたして、日韓両国が祝福しうる年となるだろうか。日中には尖閣諸島問題や靖国参拝問題、戦時中の中国人の徴用工問題があり、日韓間には慰安婦、戦時中の朝鮮半島からの徴用工、竹島などの問題がある。徴用工の問題は今後厄介なものになる可能性がある。そのような日中、日韓関係の下、双方の側に少なからぬメディアの報道、反日テレビドラマ、ヘイトスピーチなどいびつなナショナリズムの心情が張り付いてこれを煽り立てる状況が続いている。何か出てくると、筆をそろえてワーッと襲いかかる日本のメディアの「空気の科学」ともいうべき現象がそこにある。メディアの役割は権力へのチェックということではないか。従軍慰安婦問題に関する朝日新聞の報道は遺憾であった。本来日・中・韓が牽引すべき「東アジア共同体」も死語になってしまう中で、歴史問題を巡る中国と韓国の連携プレーまで現れている。
 
日中関係
そんな中、中国は「解鈴系鈴」、すなわち、問題を起こした側が問題を解決せよと日本に対応を迫る。これに対し、安倍首相は「対話の窓はいつも開いている」「条件を付けることなく首脳会談を」と平行線のまま、進展はない。11月のAPECで日中首脳会談が取沙汰されているが、ただ会えばよいというものでない。両首脳はそれぞれ何を語るのか、そのためにはある程度の事前の準備作業が必要であろう。
中国側はすべてを党(政治)が差配するという国柄である。日中政治・外交関係が問題を生ずると、予定されていた各種の交流プログラムは党の指示で相次いで中止や延期を余儀なくされた。せっかく準備した日本側関係者には「もう中国との交流は願い下げ」という感情が生まれる。中国では政治の意志が最も重要である。政治が司法検察の上に立ち、我々の世界では仕組みとしてある三権分立の考えも通じない。かくして日中双方において相手方に対する国民感情は正常化以来最低のレベルにある。一部の有識者の勇気ある発言も通じない。中国はいつも責めはすべて日本側と言い立てるだけでなく、これまで中国側の対応にも間違ったところがなかったのか、なぜこれほどまでに日本で嫌中感情が広がってしまったのかという点についての厳しい自省が必要だ。
2012年に当時の呉邦国全人代委員長は、中国は5つのことをやらない(5つのノー)という「北京コンセンサス」を発表した。すなわち、中国は、①多党制による政権交替、②指導思想の多元化、③三権分立と両院制、④連邦制、⑤私有制の5つを今後もやらないという。このうち問題は三権分立の否定。これでは中国側に政権が独りよがりになるのをチェックする仕組みはなく、日中関係も、司法の世界も含めその時々の空気で中国側の政治が差配するということにもなりかねない。21世紀の国際社会の課題は、このように我々の国柄と諸事異なり、透明性を欠きながら巨大な存在となってゆく中国との間で如何にして安定した関係を結べるかということになろう。
 
日韓関係
朴大統領は、「一部の日本の指導者による誤った歴史観と退行的な言動により、日韓関係が前進できないことは残念」「日本が今からでも指導者が正しい歴史認識をもとに周辺国と信頼を基盤に協力関係を構築していくことを心から願う」との立場である。韓国は、河野談話の作成経緯に関する検証委員会のレポート、とくに「談話」作成の過程で、「非公式かつ極秘」という前提で行われた韓国側と日本側(外務省)との間のやりとりを一方的に表沙汰にされたことにも激しく反発した(なお、いわゆる河野談話はあく迄、当時の内閣外政審議室が内外にわたる自らの調査と聞き取りに基づき、主体的に書いたものであることを強調しておきたい)。他方、安倍総理は日韓関係の重要性を指摘し、「対話のドアを常にオープンにし、あらゆるレベルで対話を通じて協力を深めるよう努力する」という。日韓関係は少し良くなったとの見方もあるが、基本的な事態は動かない。
50年前の日韓国交正常化の際、当時の佐藤首相はこう言った。「日韓関係には遺憾ながら不幸な時代があり、この時代について韓国民が心に深い傷あとをもっていますことは、日韓の新しい関係を展開して行くに当たっても、われわれが銘記しておかなければならないことであります。…われわれとしましては、… 韓国民と誠意を持って協力し、その繁栄のために応分の寄与をすることによって、このような韓国民の心の傷あとが次第にいやされてゆくことを祈念します。」他方、韓国の丁一権首相は、「両国の国交正常化は両国の利益と繁栄はもちろん、全自由陣営の安全の要請にこたえるもの。いまや両国は過去の関係を清算し、これからは友好的な隣人として出発することとなった。」と言明した。
自分(谷野氏)は1984年から88年のソウルオリンピックの前まで韓国に勤務したが、多くの韓国の友人たちを得、思い出に残る経験をした。心が弾むソウル勤務であった。
韓国人は「情」が強く、また「情治」の社会である。それが日本に向けられると36年にわたる植民地統治に対する「恨」という感情になる。慰安婦問題は両国政府間で決着させたはずだったのが、また「情」が出てきて、憲法裁判所までが国と国との間の決着を覆す判断をする。
 
おわりに
 大事な日中、日韓関係を「島」と「歴史」の虜にしてはならない。この観点から、われわれが心にすべきことを述べてみたい。
 従軍慰安婦問題については、戦争の狂気の中で起こったものだが、①日本人として少なくとも当該の女性たちが負った心身の傷あとを共有する姿勢が必要だ(あの女性達は皆金目あてだったなどという言い方は国際的に通じないし、日本(人)への目線を下げるばかりである)。②この問題は朝鮮半島だけなく、日本の占領地でも起きた。例えば、インドネシアにおいてオランダ人女性達をこの目的のために利用した(もっともこれはその後中止され、軍の責任者はBC級戦犯として処罰されたが)。
 42年前の日中国交正常化の中で、田中角栄、周恩来両首相など日中両国の政治リーダーたちは何を語らい、何を約束したのか。それは、日中(中日)の平和友好協力関係は、日、中の利益、アジアの利益、世界の利益であるということである。第2に、両国はアジアにおいて覇権を求めず、また第三国によるそのような試みに反対するという反覇権の考え方であった。そして、「『歴史』を鑑として未来を拓く」ということだ。
 大事な両国の関係を「島」と「歴史」の虜としないために、こうした事も踏まえ、今の状況を打開するために高い政治のレベルで強い意志と勇気が不可欠である。青少年など人的交流も勿論大事であるが、政治の意志がなければいくら交流しても砂漠に水がしみこむが如く効果が薄い。米国のある政治家がこう言った。「世論に耳を傾けない指導者はおろかな指導者、世論とともにしか動かない指導者は平凡な指導者、真の指導者とは、志を立てて世論を説得し、これを引っ張っていく指導者」
 同時に国民やメディアでのレベルでも、反中、嫌中、反韓、嫌韓を煽る一部メディアの報道やヘイトスピーチなどについては、心が痛むばかりである。
 最近の若者には、自分の意見を持ち、スピーチやディベート能力を磨いてほしい。異文化に積極的関心を持ち、国語力、英語力を身につけ、また、近・現代史の知識を身につけてほしい。中国や米国と戦争したことを知らない(中国が戦争賠償の請求を放棄したことを知らない)。“真珠湾”と聞くと、“三重県にある湾のことですか?”との問いが返ってくる。“竹島”の話になると“竹島さんって誰のこと?”と。これでは中国や韓国の若者達としっかりした対話が成り立ち得ようはずもない。
 
以上が谷野さんの話された内容である。ときどき怒涛のように押し寄せる複雑な日中、日韓間の諸問題を長年政府の中枢部で対応に取り組んでこられた谷野氏のお話は静かであったが、いくつかの重要なメッセージを含んでいると感じた。
谷野さんは、まず、大事な日中、日韓関係を領土問題や歴史問題で壊すべきでないと訴え、日中韓それぞれの政治指導者がこれまでの合意や経緯を踏まえてこの地域全体の利益の見地から強い意志と勇気をもって指導力を発揮するよう厳しく注文された。そして、われわれ国民一般に対しても、まず、中国における「政治(党)による差配」や韓国における「情治」のような社会構造をしっかり念頭に置いて冷静な対応が必要なことや、従軍慰安婦問題については女性たちの心の傷あとを共有する姿勢こそが大事であることを説き、相手国への反感を強めるようなメディアの過剰な報道やヘイトスピーチへの警鐘も鳴らされた。日本側における近・現代史の知識の欠落にも指摘があった。
講演後の懇親会では約70名が残り、谷野さんを囲み遅くまで語った。谷野さんはゆっくり食事をとる暇もなかったが、参加者の中に旧知の外務省OBやジャーナリストたちも多数おられたため、最後まで懇談を楽しまれたようだった。
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