サハ共和国に行ってきました!

  • 2014.08.12 Tuesday
  • 21:27
             サハ1  サハ3

             サハ2  サハ4
7月下旬に一週間ほど、サハ共和国に行ってきました。サハって、ご存知ですか。ロシア極東部にある共和国です。永久凍土に覆われていて冬は気温がマイナス60度にもなる極寒地帯とか、首都ヤクーツクにはロシアの3大河川のひとつのレナ川が南北に走っていると言えば、「ああそうか」とイメージが湧く方がいるかも知れません。面積は相当大きくて、インドよりやや狭いけれど、アルゼンチンより広く、日本の約8倍の大きさです。でも、人口は95万人程度だそうです。
私のモスクワ勤務時代(1988~90年)にも行ったことのない地域に、なぜ今頃行ったのかと言いますと、経済や文化(能楽)を通じてサハと交流されてきた知人からのお誘いを受けたからです。これら知人の紹介で、以前にサハから来日した文化大臣ご夫妻や対外関係省の方々にもお会いしたことがあります。これまで培ってきた交流をベースに、双方に友好協会をつくろうとの動きがあり、それに乗っての旅で、先方の温かいおもてなしを受けました。
私にとって初めての訪問なのでワクワク感がありました。行ってみるとやはり珍しいことが多いうえに、相手方の人々の優しい感情や日本への強い親近感を感じて、とても嬉しい思いでした。まだ知らないことを知り、知らない人々と親しくなるというのは、まさに「絆郷」の目指すところでもあるのです。
面白かったことをいくつか書いてみます。
先ず、この国の人口の半数近くがサハ民族です。トルコ系でモンゴル人とも混血しながら13世紀ごろ中央アジからこの地に住みついた人々で、顔つきは日本人にとても似ていて親しみを感じます。対外関係省の副大臣は、サハと日本は似ているところが多いと言って、自然のなかに神々が宿るという宗教観や日本語とサハ語の文法が似ていること、さらにはサハのレスリングと日本のすもうなどを挙げたうえで、顔つきも日本人は親戚みたいだと言っていました。日本への観光客や留学生も増えつつあり、交流を深めたいとの熱意が溢れていました。
この国は天然資源に恵まれ、とくにダイヤモンドはロシア全体の99%を産出する他、金、銀、石炭、木材なども豊富です。最初の日に国庫展示館を見学しましたが、驚くほど大きいダイヤモンドがたくさん展示されていました。天然資源の豊富さもさることながら、金や銀、あるいはマンモスの牙を使った彫刻などの工芸品が実に精巧です。意匠やデザイン感覚の素晴らしさに目を見張りました。オロンホと呼ばれる伝統的叙事詩劇もあり、オペラや劇場の数も街の規模に比して多いと感じました。かつてカンボジアでも感じましたが、どの国にも敬意を表すべき高い文化があるものです。
ヤクーツクに着く少し前に空から見た景色は、川や湖沼が多い、自然のままの大自然でした。街に入ると、道路はデコボコが多いのですが、それは永久凍土の表面部分の一部が夏になって融けたりするので不等沈下が起こるからだそうです。少数ですが家の屋根も不等沈下で歪んでいるものもありました。永久凍土の一部をくりぬいたマンモス博物館に入ってみると、中は零下20度以下で随所に氷の彫刻が飾られていました。さらに温度を低くした一室にマンモスの頭が展示されていました。 9年前の日本の愛知万博で展示されたものだそうです。この国には野生の馬が多数います。冬の寒さ(マイナス70度を超えることもある)にも野外で生き抜いてきた、ちょっとずんぐりして可愛い顔をした馬です。食肉を提供したり輸送に貢献したりで、馬がサハ人を救ってきたとの説明もありました。この国の北極圏にはトナカイも生息しています。トナカイの肉のシャシリク(串焼き)も御馳走になりました。とても美味しくてウォッカともよく合います。
ウォッカと言えば、しばしば前菜に供される魚とも実によく合います。ウォッカ大好きの私はモスクワ時代を思い出しながら、昼も夜も毎日いただきました。昔のように、一気飲みを繰り返すのは出来なくなりましたが、何口かでグラスを飲み干すとすぐ注いでくれるので、それが悪循環になって相当量飲んでしまいました。各人が次々と交代で適当な口上を述べて乾杯をしていきますので、飲む回数が増えていくのです。
海外出張中の文化大臣に代わり奥様が郊外の別荘(ダーチャ)に招いてくださいました。 本当に大自然の真っただ中に木で作った現地風の家に娘さんやお孫さんと暮らしていました。森や野生の花や池や山など、本当に綺麗です。奥様はこういう自然の中で暮らしていると心が洗われると、満面嬉しそうにしていました。私たち来訪者は、夥しい数の小さな虫が人の周りに舞っているのにはちょっと困りましたが。
レナ川は本当に大きいです。川幅が4キロ余りもありました。レナ川の畔の政府の別荘にも泊めてもらいました。翌日高速モーターボートで1時間半ほど上流に遡り、ユネスコ自然遺産のレナ川石柱自然公園に行き、聳え立つ巨大な奇岩の裏側の山を登って、岩の裏側からレナ川を眺望しました。絶景です。因みに、ガイドは、細い目をした「大和なでしこ」風の日本人のようなお嬢さんでした。サハの人は日本人観光客の来訪を心待ちにしているようです。
親日的な人々が多いことも事実ですが、知日派の日本に対する知識の深さにも驚くものがありました。この共和国の青少年の理数科のエリートを養成する学校を訪ねましたら、教官の中に日本文学に造詣の深い先生がいて、芥川龍之介や安倍公房など、多くの日本文学を読んだという方がいました。私たちを迎えてくれた対外関係省の若い儀典長は日本語がペラペラですが、お酒を飲んで歌を歌う段階になると、日本のたくさんの童謡を歌ってくれたのには驚きました。我々日本側の3人は2番、3番の歌詞などはうろ覚えでしたが、彼はずっと歌い続けました。日本にも留学して日本語が流暢なピョートル(愛称ペーチャ)はまだ20代半ばの若者ですが、なぜか美空ひばりの歌が大好きだそうです。日本では私のような老人しか知らないひばりの歌を、このサハの若者と一緒に歌ったのも愉快でした。因みに彼の顔も日本人そっくりで、日本では誰が見ても日本人だと思うでしょう。迎賓館の料理人は女性ですが、この人も日本人に似ています。日本で料理を研修したそうで、朝食に和食を出してくれました。
そういえば、サハの全体像を説明してくれた副大臣は、以前に10年ほど柔道をやっていたそうで、日本との柔道交流にも期待を寄せていました。私から、日本の相撲界にサハ出身の力士が来れば、サハの知名度が上がるでしょうと期待を表明しておきました。
柔道といえば、もうひとつ驚いたことがあります。今回の訪問で私は教育スポーツ省関係の施設で講演をしました。演題は、「世界を歩いて思うこと」と題して、世界には様々な戦争や民族紛争が絶えないが、こうした中では、しばしば無知や誤解や偏見が抗争を激化させている面があることを指摘して、交流を通じて相互理解を深めることの重要性を訴えました(講演の原稿は、私のホームページ(http://www.judo-voj.com/Japanese/saha.html)に載せました)。その一例として、柔道家の山下泰裕さんが、自身のNPOでイスラエルとパレスチナの青少年やコーチに柔道を指導する中で、イスラエル・パレスチナ双方の子供やコーチを一緒に練習させたりすることにも務めています。その結果、当初ぎこちなかった双方の間で、同じ柔道を学ぶ人間同士との気持ちが高まって仲良くなったことに触れました。子供たちも姿勢を崩さずずっと聞いてくれました。そして、講演後の質疑応答では大部分の質問が柔道に関するものだったので、ちょっと驚きました。中には、専門的で、具体的な国際ルールの問題について私の見解を問うものもありました。「柔道をやっている人はいますか」と聞くと、子供を含め多くの人が手を挙げました。余談ですが、柔道はこのように世界中で関心を持たれているのに、逆に本家の日本では、いまや学校や大学で柔道をする人が少なくなり、部員の獲得にも苦労しているのが実情です。
ソ連の末期をモスクワで経験した私の印象は、旧ソ連時代の経済や社会の仕組みが著しく不合理で非効率であったということでした。だから、その後遺症がまだロシア社会に残っていることには驚きませんが、サハ共和国では先進的な取り組みをしている面もあることに印象付けられました。幼稚園と中高レベルでの新しい学校のシステムが実現しつつあることです。日本でも待機児童の多さが問題になっていますが、サハではこの問題を解決する一助として大規模で凄く近代的な幼稚園や学校を作り始めています。それは、英語でCenter for leisure and healthcare と呼んでいる施設ですが、幼稚園のレベルと7歳から18歳及び18歳から22歳のレベルに分けての子供の教育と健康改善のための新しいタイプの施設ができていることです。見学してみると、先端的な医療機器を完備させた健康管理のシステムがありました。空気のイオンの量や塩分の量なども計測しながら子どもたちの心身の健康を改善するための装置がたくさんあり、教官や職員もかなり多数配置しつつあります。中高レベルでは共和国各地の生徒たちを、3週間ずつこの施設に合宿させて教育や健康を改善させるとのことです。大学生や大学卒業生ぐらいの若いスタッフが数カ国の外国語で青少年を教育する制度も作り、これら若いスタッフには英語やフランス語など外国語が流暢な者がいました。外国の若者も3週間の研修に受け入れているので、日本からも生徒を送ってほしいとの誘いもありました。
もうひとつ、印象に残ったことがあります。この国における女性の役割の高さと言うことです。日本は、女性の管理職の割合や国会などの重要な機関での女性の割合が世界の中でも最も遅れている部類に属しますが、サハはこの点で凄く先進的です。女性の副首相ともお会いしましたが、明るく闊達な方で、社会の各層で女性の進出が当然のように語っていました。製品開発や教育など、どの分野であれ女性の感性や能力を活用しないと社会の健全な発展に繋がらないことは明らかですが、日本はやっと安倍政権になって本格的な取り組みが始まったばかりです。
 
全体的に見ると日本は高度に発達した社会ではありますが、まだまだ遅れている面もあります。逆に、サハはまださほど発展した社会ではありませんが、日本が学ぶことができる要素ももっています。あらためて、どんな国にも、優れた点や参考になることがあるものだということを感じ、国際的な交流の重要さを認識した旅でした。
日本にサハとの友好協会ができたら、双方の交流を進めるお手伝いをする気持ちになってきました。
コメント
サハ共和国訪問記拝読しました。
過日東京で、サハ共和国との経済交流会あり、ご縁あり参加しました。
ご指摘のように、女性の方が指導層で活躍しておられるのには、驚きました。政府、企業代表共にです。
山下は一度も行ったことはありませんが、機会あれば是非、と念じております。
  • 山下靖典
  • 2016/11/01 1:46 AM
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