快適な夏の空気のもと、フランスの良さを体感!

  • 2013.09.13 Friday
  • 15:25
 

今年の絆郷の海外旅行はフランスを選んだ。8月下旬から9月初めにかけての1週間の旅の主なテーマは、印象派の美術に親しむ、風光明媚なロワール河沿いを周遊してフランスの歴史や文化に触れる、現地の人たちとの懇談を通じてフランス人の生き方や日本への思いを知ることなどであった。猛暑日の続く日本を出てフランスに着くと、そこにはカラッとして朝夕は涼しい快適な夏があった。きっと参加者の普段の行いが良かったのだろう、ずっと晴天にも恵まれた。ロワール河周辺には、赤、白、ロゼの各種銘柄の葡萄酒の産地もあり、2ヵ所の醸造所で試飲も楽しんだ。個人所有の中世の城の庭をお借りしてのピクニック、古城への宿泊などは、旅のハイライトでもあった。一部に強硬日程もあったが、総勢22名の参加者は皆元気で帰国した。

 paris1paris2loir1

どんなところを体験したか、振り返ってご紹介する。

(1日目)早朝にシャルル・ドゴール空港に着いた。バスでパリ市内に入り、そのままエッフェル塔、凱旋門、コンコルド広場など目抜きの名所を見てから、午前中は、カルチエ・ラタン近辺を散策。サン・シュルピス教会、サン・ジェルマン地区、ルクセンブルグ公園、パンテオン等を楽しみ、昼食後は、セーヌ河沿いのブキニスト(古本屋)を覗き、船でセーヌ河遊覧、そしてノートルダム大聖堂見学。その後やっとホテルにチェックイン。お疲れ様だったが、一服後間もなく夕食会。夕食会には、私の長年の友人であるルリデック元駐日大使夫妻をお招きして、彼らの日本への思いやフランスと日本のことを語ってもらった。日本を深く愛する大使夫妻との質疑応答などを通じて、親密感が一気に高まった。我々にとって、フランス人の日本観は興味深いし、ルリデック夫妻も後日メールで、「素晴らしい日本の方々にお会いし、言いようのない嬉しさを感じた」と感想を述べてくれた。

(2日目)午前中は、開館後の一番客としてオルセー美術館を見学。素晴らしい日本人ガイドの解説で、広大な館内の素晴らしい絵画をとても効率的に鑑賞し、印象派の美術史や特色について多くを学ぶことができた。昼食後は、日本大使館に藤原臨時代理大使を訪問し、大使館の仕事やフランス事情について話してもらった。次に、パリの歴史を展示するカルナバレ博物館を急ぎ足で見学。その後は、買い物組とモンマルトル散策組の二手に分かれた。モンマルトル付近の散策組は、画家の広場周辺での人の動きを道端のカフェーで眺めたりして楽しんだ。私は、一人でカフェーに座って食前酒を注文してスケッチを始めたが、周りに似顔絵書きの画家のおじさんたちが寄ってきて、親しげに話しかけてきてくれる。日本語でお世辞を言ったりもするが、私の拙い絵を見て「ここはこうした方がいい」と親切に指導してくれたりして、実に楽しかった。

モンマルトル近くの小さなレストランを借り切っての夕食会は、今度はフランス経済大蔵省に勤務する若手のエリート官僚夫妻(夫は大臣補佐官、夫人は環境問題担当)を招いて懇親会。この夫妻も来日経験があり、我々との間で楽しい会話が展開した。「ビストロ・プルボ」というこの店の料理も美味しかった。

(3日目)この日から4日間のロワール河周遊が始まるが、朝はまずパリ北方の郊外のオヴェール・シュル・ワーズに行く。ゴッホが晩年を過ごした場所である。前日に見たゴッホの名作のひとつのこの町の教会の現場に身を置いてみる。激しい情熱のもとで描かれたゴッホの心象の風景に比べると現実の教会は静かなものに見える。歩いて近くのゴッホの墓を訪ねる。墓地の横は田園で、カラスの飛ぶ麦畑の風景画の現場でもある。今は季節柄麦は生えていないが、畑の横にそのゴッホの絵のポスターが掲示されているので、臨場感を持って眺めることができる。田園には様々な野生の花が咲いていて、歩くたびに皆は足を止めてそれを楽しんだ。この町を発って、シスレーなど様々な印象派の画家が描いた風景のあるルヴシエンヌの街もバスで通る。青い空や白い雲を見上げると、ああ、印象派の風景画にある空や雲はこれなんだと感じる。

そこから高速道路に乗ってシャルトルに着き、昼食後大聖堂を見学。そのままバスは2時間ほど走り続けると、いよいよロワール河が見えてくる。先ずシャンボール城を見学。勇壮で男性的なこの城を背景に、様々な組み合わせでお互いに写真のシャッターを押し合う。シャンボールの次は、華麗で女性的なシュノンソーの城に行く。シェール川の上に跨って作られた優美なこの城のシルエットが川面に映える。明るいうちの城を見た後、近くのレストランで夕食。暗くなってまた城に戻り、暗闇の中の「音と光」を楽しむ。フランスでは、夏の間、多くの城で夜間に城を照明したり、スペクタクルを演じたり、静かな音楽を流したりする。照明された幻想的なシュノンソー城と周辺の森に、静寂な音楽が流れている。長い1日を終え、夜中近くツール市のホテルにチェックインした。

(4日目)美しいロワール河の移り変わる風景を楽しみながら、先ずアンボワーズ城を見学。この地域の城を訪ねると、何世紀かにわたるフランスの諸王の闘争の歴史や華麗な生活振りをパノラマのように知ることができる。アンボワーズ城にのぼって往時の歴史を偲ぶこともできるが、城のテラスから見まわす周辺の田園風景も実に美しい。城を出て河の対岸から振り返って望む城の姿も優美である。アンボワーズからアゼ・ル・リドーに向かう。ここには「アンドル川に浮かぶ宝石」とも称される、この町の名を冠する小さな古城がある。この城も訪問予定だが、本日の目玉はまず個人所有のリレット城である。16世紀に作られたこの小さな城には、かつて彫刻家のロダンと愛人のカミーユ・クローデルが「愛の巣」を営んで滞在し、制作もした一室がある。構内にはアンドル川が入り込んで、緑に覆われた美しい自然の庭園になっている。城主のミショー夫人が直々にこの城を案内してくれるとして待っていてくれた。城の中の居住区域は近代的な内装になっていて、夫人のサロンや風呂場まで案内してくれた。カミーユがロダンに宛てた熱い愛の書簡まで朗読してくれた。ミショー夫人の御厚意で美しい庭園の水際に木製のテーブルとベンチが用意されてあったので、持ち込んだサンドウィッチなどで予定通りピクニックを楽しむことができた。きつい日程が続いたのでこの日はゆったり時間をとった。草の上での昼食をはさんで、絵の好きな人は場内でスケッチをし、写真を撮りたい人はあちこちでシャッターを切った。リレット城からアゼ・ル・リドー城をまわって、バスは次のシャトー・ド・ラ・クールに向かった。この古城は15〜6世紀に作られたもので、城主はルリデック大使夫人の妹さんご夫妻。果樹園や葡萄畑を含む45ヘクタールの敷地を持っている。到着後、この城で作っている赤、白、ロゼの葡萄酒を試飲した。ちょっとほろ酔い気味の人もいたが、広い庭園を散策。珍しい野の花や野菜を見て楽しみ、家畜なども観て歩いた。小さな城なので、我々全員は宿泊できないため一部は別の近くの城に分宿したが、夕食は全員参加でこのシャトー・ド・ラ・クールで行った。フランスの夏は夜の10時ぐらいまで明るい。この城の庭に用意してくれた前菜や食前酒を楽しんだあと、城の中に入っての食事になった。中世の古い家具の並ぶ大きなサロンには各種の酒が用意され、家人が用意してくれた手料理は実に美味しく、食後の歓談も楽しく、中世の王侯貴族になった気さえした。その日の夜は、ホテルとは違う古い大きな部屋で、皆それぞれ爆睡したようだった。

(5日目)午前中は1時間ほど西に移動してソミュールに向かった。ここには、フランス随一の有名な私立馬術学校がある。この学校では馬術の練習風景を見学し、厩舎で可愛い名前のついた美しい馬たちに触れたりもした。ここの土産物店には瀟洒な品々が置いてあったため、多数の仲間が買い物に走り、ついに予定時間をオーバーしてしまった。急いで、ソミュール城を目の前に眺望するレストランで昼食をしたが、時間の遅れのため、城内見学は省略となった。午後は2回目の地酒の試飲が日程に入っている。ひんやりして暗い、とても長い石室の通路には所狭しと葡萄酒の瓶が並べられている。赤、白、ロゼの各種葡萄酒の作り方についてもある程度の知識を得た。ここから、ロワール河下流域にあるアンジェ市に向かい、「ジャン・リュルサと現代タピストリー美術館」を見学。ジャン・リュルサは戦争や平和への深い思いをモチーフにした大きなタピストリーを制作したが、中には「広島の男」と題する原爆をテーマにした作品もある。夜はアンジェ駅前の「オテル・ド・フランス」に宿泊。隣のビストロでの楽しい夕食会で、この日の日程を終わる。

(6日目)ロワール流域周遊の最終日。まずホテルを出て、アンジェ城を見学。この城は要塞として造られた特異な形をしているが、城内にヨハネの黙示録が描かれた有名なタピストリーが展示されている。黙示録のストーリーに従った巨大で荘厳なタピストリーが壁に架けられている。前日見たジャン・リュルサの作品はこのタピストリーにインスピレーションを得て作成されたものだそうだ。アンジェ城を後にしてさらに西に向かい郊外で「コワントロ」という、オレンジの干した皮をベースにした甘い蒸留酒工場を訪問。この酒は飲料だけでなく料理にも使われる。世界中に輸出されているが生産はこの工場だけだという。作り方を見学し、爽やかで美味なカクテルを試飲すると、かなりの人がほろ酔い気分になり、またもや何人もの人が財布のひもを緩めてお土産を購入。

この日のメイン・イベントは親しくしているフランスの元外交官夫妻の自宅での昼食会である。ド・ベルネ夫妻は外交官退官後、アンジェからさらに西の小さな村の実家に住んでいる。大きな土地に17世紀にできた古い石の家を2軒持つ。我々は温かく迎えられたが、ド・ベルネ夫人が前日から一人で用意してくれた昼食はまだ出来上がる前であった。急遽我々の女性の2、3人が台所に入ってお手伝い。庭にしつらえてあったテーブルや椅子は、ちょっと雲行きが怪しくなったので、男衆が軒下に移動。結局雨は降らず、庭で賑やかで楽しい昼食会が行われた。食事の前、ド・ベルネ大使は気さくに古い家の中の隅々を我々に見せてくれた。この辺りは、いわば「ド田舎」であるが、近辺には、現役時代にパリで活躍した知識人が住んだり、現役の人たちも時々戻ってきたりして、「知的な刺激」もあるそうだ。2時間ほどの短い時間ではあったが、フランスの元外交官夫婦の生き方は我々日本人から見て羨ましい反面、参考にもなったのではないかと思う。

この日はアンジェ駅から新幹線(TGV)に乗り換えてパリに戻るので、3時過ぎにド・ベルネ邸を感謝して辞去。この日は、全員で食べる最後の夕食でもあり、ちょっといいレストラン「クロズリ・デ・リラ」を予約してあった。数々の著名な文豪や文化人が往来した店である。約1週間の旅行を共にして参加者同士の親近感や絆が深まったことで、「最後の晩餐」は大いに盛り上がった。仲間から、スピーチや即興の俳句まで披露された。

(7日目)旅行最終日は終日自由行動である。皆それぞれ、小グループに分かれたりしながら、買い物、ルーブル美術館見学、思い思いの散策などを楽しんだ。私は、何人かの人とバスチーユ広場の朝市を見て回った後、モンマルトルに戻り、先日描き終えなかった下手なスケッチを仕上げた。先日声をかけてくれた絵描きがまた来て、楽しい会話となった。一緒にいた数人の仲間とモンマルトル周辺を彷徨いながら首尾よく中華料理店を見つけ、久し振りにアジア的な食事を楽しんだ。

午後、全員がホテルに無事集合し、夕方の便で日本に帰国した。

 ilettechateaudelatourmaryvonne

最初の2、3日がきつい日程となり、参加者の皆さまにはご苦労をおかけして反省している。ただ、一人の病人も事故も出なかったのは本当に有り難いことで感謝の気持ちでいっぱいである。

旅行を通じて、フランスの歴史や文化などの面白いところを少しでも体感していただけたら嬉しい限りである。また、フランス人の日本への関心や見方にも触れていただけたのであれば幸いである。それが今回の旅行の目的でもあったからである。

主催した私と妻にとっても実に楽しい旅行であったし、一緒に旅した皆さまとの絆を深めることもできて大変嬉しく思っている。

 

コメント
とても充実した旅行だったようですね。ブログで旅行気分を味わえました。馬術学校、私も見学したかったな。
  • ふみ
  • 2013/12/21 1:25 PM
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

selected entries

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM