フランスを「立体的」に眺望

  • 2013.07.07 Sunday
  • 13:35
 

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7月2日、第21回絆サロンが開かれた。「フランスとフランス人について」というテーマで、講師はルモンド紙の若手東京特派員のフィリップ・メスメルさん。フリーのジャーナリストとしてテレビ、ラジオ、新聞を通じて活動してきたが、2005年より現職についている。フランスを取り上げたのは、絆郷が8月下旬にフランス旅行を実施するからでもあるが、フランスという個性のある国を多面的に知ってほしかったからでもある。

メスメル氏は、在日歴11年の知日派フランス人である。白板に地図を描きながら、フランスを地政学的、歴史的に立体的に解説してくれ、フランスの成り立ちがよくわかった。また、日本との比較論も面白かった。講演後、多くの人から多岐にわたる質問が続いたが、メスメルさんは興味深いフランスの史実にも詳しく触れながら丁寧に答えられた。後で聞くと、歴史が大好きだそうだ。

以下は、私が独断的にまとめた講演と質疑応答の概要である。

 

(講演要旨)

6月に2週間ほどフランスに戻っていた。例によってバスやメトロのストライキにも出逢った。不便だがよく起こることで、驚いたり怒ったりすることもない。カフェのギャルソンを見てもフランス人は日本人ほど礼儀正しくはないし、一般的なサービスの質も日本ほどのレベルではなく、道路も日本のように清潔ではない。フランス人は批判することが趣味のようなところがあり、フランスのことについていろいろ批判して楽しんではいるが、外国人からフランスのことを批判されるのは好きではない。食べることも大きな関心事であるし、私は幼児の時に親からシャンペンをスプーンで舐めさせてもらったこともある。フランス人にはいろいろな国民性があるが、いったん仲良くなると長い間親しい関係を楽しむことができる。

(今日のフランスの人口、国土の面積、一人当たりGDP、国境を接する隣国などを説明しつつ)イギリスとは1993年に英仏海峡のトンネルで結ばれるようになったが、両国をトンネルで結ぶ構想はナポレオン1世時代からあったものの、島国であるイギリスが抵抗していた。フランスはブランド品、料理や芸術で知られているが、それだけではなく様々な産業もあり、航空、原子力などの分野の先端技術には優れたものを持っている。先般のオランド大統領の訪日の際、仏日両国間の幅広い技術分野での提携や協力について合意された。

地理的にはフランスは欧州大陸の交差点のような場所に位置しているが、西には大西洋があり、ブルターニュ地方で行き止まりになる。歴史上幾多の民族がこの地を往来した。ネアンデルタール人の後クロマニョン人が今のフランスに定着した。彼らは土地を耕し動物を飼育した。豊穣で穏やかな気候のこの地にはその後も東や北から様々な民族が移動してきて戦場にもなったこともある。東から来たケルト人が定住した地域はゴール地方と呼ばれたが、紀元前1世紀にはシーザーに征服され5世紀までローマ帝国の支配が続いた。その後、西ゴート族、東ゴート族、フン族、ヴァイキングなどが現在のフランスを通ってスペイン、イタリア、ギリシアに移動した。次いでフランク人が来て今日のフランスの起源となる。フランク人のクロヴィス王、シャルルマーニュ皇帝の時代を経てユーグ・カペーがイル・ド・フランスの地に国王として即位(987年)し、カぺー王朝が成立した。カぺー王朝は1789年のフランス革命まで約800年続いた。この間イギリスをはじめいくつかの国と戦争もあったが、文化や政治におけるフランスのアイデンティティーも形成されたのである。12世紀に「フランス」の名前が公式になった。16世紀、フィレンツェのメディチ家からアンリ2世の王妃として嫁いで来たカトリーヌ・ド・メディシスは、それまで大皿で手を使って食べていた食事の方式を、ナイフ・フォークを使って一人ずつの皿に料理をのせる形態を確立させ、今日のフランス料理の基礎を築いた。17世紀にはルイ14世が絶対王政を確立しヴェルサイユ宮殿が完成した。18世紀は啓蒙時代の花が咲いたが革命でルイ16世とマリー・アントワネット王妃がギロチンにかけられた。革命後はナポレオンによる第1帝政となる。民主主義が確立されたのは1873年の第三共和国を待つことになる。その後は近代化、産業革命、植民地化獲得、仏独戦争などを経て今日に至る。フランスとドイツは3度の戦争を戦ったが第二次大戦後ドゴールとアデナウアーの間でエリゼー協定を結び平和を構築して欧州の統合に貢献した。

日本とは1858年に外交関係が結ばれて、明治時代の国づくりにフランス人も軍事、技術などの面で近代化のお手伝いをした。1924年に詩人、劇作家でもある外交官のポ−ル・クローデルが駐日大使として赴任した。両国の文化関係は強化された。

絆郷が旅をするロワール地方には美しく優しい風景が展開し、16〜17世紀に隆盛したフランスの王たちの築いた瀟洒な城が多数ある。純粋なフランス語が話され、また、美味しい葡萄酒の産地も点在する素晴らしい地域だ。

 

(質疑応答抜粋)

Q:強い帝国であったローマ帝国と享楽的ともいえる南欧のフランス、スペイン等のラテン諸国とはイメージが異なるが、「ローマ」と「ラテン」はどう結び付くのか。

A:両者は別のものと考えるべき。むしろ、ヨーロッパをドイツや北欧などの北部と太陽が降り注ぐ南欧とを比較して考えると面白い。

Q:日本について、何が好きで、何が嫌いか。

A:嫌いなものとしては梅雨の季節があるが、好きな物は、日本酒、サービスの質、清潔さなどがある。温泉も好きだが、それに関連する水の文化も興味深い。震災後何度か東北に行ったが、人々の人柄に感銘を受けた。日本人は人とのコミュニケーションで遠まわしに言うことも多いが、他方で「沈黙」を上手に使う面もあり、フランス人は学ぶこともできる。

Q:クローデル元駐日大使は、日本人とフランス人とは互いに本能的共感を抱くことができると書いたことがあるが、具体的にはどんなものがあるとお考えか。

A:フランス人は好奇心が強いが、日本人も好奇心が強いと思う。日本人は人が行く方向に他の人も行くが、フランス人は人のやったことと反対のことをやろうとする。他人が関心を持たないことに関心を持つ。このようにフランス人と日本人はかなり違っているが、相手が違うということに互いに興味を感じるのではないか。日本人は例えばアメリカ人よりもかなりヨーロッパ的であると思う。

Q:日本では勝手な行動をする人も増え、家庭の崩壊などが問題になることもある。個人主義的といわれるフランスの家庭や社会の基盤の現状は?

A:日本にはまだ儒教の影響も残っていると思う。今日のフランスでは、未婚で子供がいることは珍しいことでもなく、パリでは既婚者の約3分の2が2年後ぐらいに離婚するといわれる。社会的協約もあって、離婚した大人や子供にも一定の生活が可能である。離婚したから互いに憎み合っているわけでは必ずしもない。子供たちも、離婚がある程度普通の現象になっていることもあり、親の離婚が大きな心理的重荷には必ずしもなっていないのではないか。同性の結婚も認められ、ある意味で自由な人間関係のステータスを築くことが可能であり、出生率もかなり高い。

Q:フランス人は人と反対のことをし、日本人は皆同じ行動をとる傾向がある。フランス人から見て同じことをする日本人はおかしく見えないか。そのような日本人がなぜ経済発展を遂げることができたと考えるか。

A:同じことをする人がおかしいとは言えない。同じようにやらないのはもっとバカだといえる場合もある。日本の指導者には立派な人もいた。行政が良く組織されていることも強みである。物事の決定過程が日仏間で違う。フランスでは喧嘩してから考えるが、日本ではアイディアを投げてから議論して熟成を待つ。時間はかかるがコンセンサスができる。これは日本の文化に根付いた個性でもあり、強さでもある。日本人もやりたくなければやらないことも多いのではないか。

Q:日韓関係など、日本の隣国との関係をどう見ているか。フランスは戦争をしたドイツを許したのか。

A:フランスは3度にわたりドイツと大きな戦争をしたが、今はドイツを許している。第二次大戦後、両国とも戦争は2度とあってはならないと考え、19世紀からあった欧州の統合構想が再浮上し、経済を重視して協調関係を樹立させたのは賢い選択だと思う。ドイツはいまや世界の中でも最も影響力の強い国のひとつである。ドイツは戦後何をすべきかを真剣に考えた国である。今回フランスに戻った際、ベルリンにも行く機会があった。ベルリンには第二次大戦を想起させる跡が随所にみられる。ドイツが平和主義に立ち世界に目を向けていることが良く感じられる。故アデナウアー首相のお蔭だろう。高校時代にドイツの高校生と交流した際に、私はドイツ人の友達を祖父母に紹介しようとしたら、祖父母は会いたくないといった。しかし、無理に頼んで会ってもらったら祖父母のわだかまりは消えた。今日、フランスではドイツへのわだかまりは概ね無くなったが、100%無いわけではない。不況になるとナショナリズムも高まる。時には対独批判や反独感情(germanophobie)も現れる。

Q:メディアの在り方などについて日仏間の違いはあるか。

A:フランスでは第三共和政時代におけるメディアの黄金期や第二次大戦中の経験、とくにドイツによる占領時代のレジスタンスの経験があり、メディアの傾向は日本より政治的である。日本のメディアは同じような書き方をしてもニュアンスの違いはある。ただ、新聞の運営に統制的な傾向もあるし、権力への自主規制的なものも見られるが、長い自民党政権時代に培われた面があるのかも知れない。

 

網羅的ではないが、以上が大雑把な纏めである。出席できなかった人にもご参考になれば幸いである。フランスについてのメスメルさんの歴史、地理の視点からの解説はこの国を総体的に知るうえで役に立った。欧州の真ん中に位置し、歴史的に多くの民族が行き来した事は日本と大きく違う点であろう。そのことが今日のフランス人のコスモポリタン的国民性に影響を与えている様に思われる。質疑応答も内容的に豊富で、とても啓発的であった。

なお、今回はフランス人によるフランス論であったが、ご興味のある方は、日本人である私のフランス観を先般このブログ欄(5月6日付)に書いたので、ご笑覧ください。

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