ハムレットの城で能の「オフィーリア」公演

  • 2017.11.06 Monday
  • 17:55

    オフイーリア4  オフィーリア1

                    撮影:三上文規 

 

デンマークのクロンボー城を御存じですか。

シェークスピアの戯曲「ハムレット」の舞台となった古いお城です。その城で毎年国際シェークスピア祭が行われていますが、今年の8月22日、23日の両日、日本の能が初めて参加し、新作能「オフィーリア」を上演しました。この能を制作し、演出し、自らシテとしてオフィーリアとハムレットを演じたのは、私が日頃応援している金春流の能楽師櫻間右陣先生を中心とする諸先生方です。

私自身は能のことは素人でわからないのですが、どのようにして能の手法でハムレットの世界を演出するのか興味津々でした。能の舞台は現実の世界を表現するのではなく、昔の人の霊や亡霊が登場して語ったりしますが、今回の「オフィーリア」ではホレーショの子孫が昔のことを語るという想定で、最初に出てくるのがオフィーリアの霊で無言の舞を演じます。幽玄な雰囲気を感じさせた後、狂言師が墓掘り役として登場しユーモラスな仕草とセリフで観客の笑いを誘います。最後の段でハムレットがレアーティーズとの決闘を演じますが、能の形式での立ち回りで大変見ごたえがありました。

ジャンルの異なるハムレットと能の組み合せは画期的試みですが、なるほどと思う戯曲の構成のおかげでしっくりとした感じで相性は良かったと思いました。シェークスピア祭側の総合芸術監督が、「ハムレットの世界を能という芸術で表現してくれたことは実に革新的で、このようなことが実現できたことを誇りに思うと繰り返し評価してくれました。

 日本人の私が能の理解度が低いこともあるためでしょう、外国の人に能を楽しんでもらえるだろうかと案じていましたが、そうでもなさそうです。昨年イタリアとの150周年行事の一環として4都市で能公演をした時もそうでしたが、公演中は、観ている人たちが目を輝かせて舞台を見詰めています。大きな拍手で終わった後もその場にとどまっている人が多く、興奮した面持ちで感想を述べたり、質問をしてきます。余韻を楽しんでいるような人もいます。細部はわからなくても、身体で雰囲気や感興を楽しんでいるように思えて、欧州での能公演に自信が出てきました。

 

以下にその時の様子を再現してみます。

 

舞台周辺の情景

 シェークスピア祭の特設舞台は、城と城壁を背景にして濠と陸地に跨って作られている。日没の遅いヨーロッパの夏は開演時間の午後8時でもまだ明るい。大きな舞台の後方に北欧材の白木の板を繋ぎ合わせた屏風が立つ。同じ板を床にも敷いて舞台と橋掛かりにしている。色も塗らない裸の白木が却って清楚感を醸し出す。高い天井の下に背景のクロンボー城の姿が見える。9時過ぎに暗くなると濠の水が照明に反射してゆらゆらとうごめいて恰も薪能を思わせる。ときどき背景の暗い濠に白鳥が滑るように泳ぎ出て、そこに光が当たるとまるで演技に参加しているかのごとくで、幽玄さを増してくれる。

 いくつかの海外の公演を見てきたが、現地の状況に合わせて舞台を作る能の柔軟性はとても高いことに気付く。野外なので天気が心配されたが、前夜のリハーサルの時とは打って変わって空は晴れて風も弱く、寒さは厳しくなかった。

 

創作能「オフィーリア」のシナリオ

〉鮖卻の音楽がリズムをもって徐々に高まるなかでシテの右陣師によるオフィーリアが登場。赤い花を手にして無言の舞を舞う(約20分)。幽玄の世界が感じられる。

▲フィーリア退場のあと、ホレーシオの子孫(ワキ)が登場。この子孫が先祖から聞いた話を伝えるという設定。ホレーシオ自身のセリフは短い。

6幻戚鬚墓掘りとして登場。仕草がとっても面白い。真っ白なボールを頭蓋骨として表現。

ぅ錺が舞台前方右に不動の姿勢をとる中、シテのハムレット(右陣師が冒頭のオフィーリアと2役)の霊が登場。セリフを交えて舞う。

ヌ鵤横以の休憩のあと、囃子方の息の合った奏楽に乗って、オフィーリアが冒頭のときとは違う花柄の衣装で登場。この時の演舞は右陣先生ではない若い女性が担う。

Εフィーリア退場のあと、再びハムレットの霊が登場。この時は衣装も面も違うが。面の表情が憂いと悲しみを湛えているようで何とも言えず素晴らしい。ハムレットとレアーティーズとの決闘は日本刀を持っての立ち廻り。見ごたえのある名演技である。最後にハムレットは飛び上がったうえで墓の中に倒れ込んで果てる。背景のクロンボー城がライトアップされ、水面が光に反射してうごめく。

Ы末を奏でる厳かな笛や鼓と太鼓の中で、ワキのホレーシオが、そして起き上ったハムレットが静かに退場。

(演技時間は休憩を除き合計約90分) 

どうなっている、絆郷?

  • 2017.06.03 Saturday
  • 11:46

このブログ欄でお知らせしていた絆郷の活動報告が、1月以降途絶えてしまった。この欄を見てくださる皆様から、「どうなってるんだ」とお叱りの声が聞こえるような気がする。

心よりお詫び申し上げ、その後の状況について以下に遅まきの報告をします。

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前国連大使が語る国連の現実

2月23日、「国連があるニューヨークのイーストリバーには今、二つの風が吹いている」という導入で始まった「国連の虚像と実像」と題する吉川元偉前国連常駐代表(大使)の講演。新年早々新しく国連事務総長に就任したグテーレス氏は、元ポルトガル首相で10年間国連難民高等弁務官を務めたが、人にこびないバランスの取れた人物として強い期待の風が吹いている一方、多国間主義を軽視する傾向のトランプ氏がアメリカ大統領に就任したことで不安の風が吹いているそうだ。

一般的にはなかなか進展しない国連での審議に苛立ちを感じる向きもあるが、吉川大使は、PKO、北朝鮮、国連安保理改革などの問題について国連での現場体験や日本国内の制約要因など豊富な事例で具体的に説明してくれたので、なるほど現実はそうなのかと理解した人が多かった。大使は、国連はあまり役に立たないと思う人と国連を理想化する人の両極があるが、実際の国連の実情を踏まえて出来るだけ日本らしい役割を果たすべきであると結んだ。我々国民も国連に一層関心を持ち、国連の現実を良く知ったうえで日本の行動を促し支援する姿勢が大事であるとのご指摘であると受け止めた。

講演後多くの質問や意見表明があった。日本人として初めて国連職員に採用され長年にわたり国連事務次長も務めた明石康氏や衆議院議員の原田義昭氏も積極的に議論に参加した。例えば、日本はこれまで加盟国中最多の11回も安保理の非常任理事国に選出されて活動していることに関連して、吉川大使から国連で選挙に勝つことがいかに難しいか、また、2005年には日本などいくつかの国を安保理常任理事国にするための改革論議が盛り上がったが、結局中国が日本の常任理事国入りに強く反対し、その他さまざまな要因で改革は実現しなかった経緯などについて説明があった。日本が世界の平和を目指す国連でより大きな役割を果たすためにも国連改革は必要であることから、まず、「準常任理事国」ともいうべきカテゴリーを設けることに加盟国間で合意を作り、日本がそこに選出されて実績を積んで評価を得た段階で常任理事国またはそれに近い地位を目指すとの2段階論も提示された。国連には様々な立場の国や多くの要因があり、意見の集約は実に大変であるが、日本は国連の現実を踏まえて何度も繰り返し議論を展開していくことの必要性が指摘された。

複数の参加者から、多国間外交の中心舞台である国連に対する「トランプの風」への懸念が表明された。

 講演後の懇親会でも、大使を囲んで話の輪ができた。「国連の現実がわかってとても参考になった」との感想が何人かの参加者から述べられた。

 

カンボジア伝統舞踊団の訪日招聘公演の実施

3月28日から4月3日にわたり、カンボジアの素晴らしい青年舞踊団が来日した。これは私が現地で何度か練習風景を見学して、その清楚で精神性のある舞踊の素晴らしさに感銘を受けて招聘することを決めたからである。カンボジア舞踊の伝説的な第一人者のボッパデヴィ王女が率いる30名の舞踊団が東京で5回の公演を行った。これに上智大学の石澤良昭先生による「アンコールワットの女神像ととアプサラダンス」という講演や、能や日本舞踊も参加して多彩なプログラムを組んだので、よい文化交流となった。

国際交流基金アジアセンターの助成をいただいたが、それ以外に多くの企業に協賛金をお願いし、インターネットでクラウドファンディングで協力を求めたりしてお金集めや集客は大変苦労したが、なんとか無事終了した。すみだトリフォニーホールの大ホールでの「ラーマーヤナ」という長編舞踊劇には秋篠宮殿下御夫妻も御臨席を賜った。

滞在中の模様は下記をクリックしてご覧ください。

https://readyfor.jp/projects/11130/accomplish_report

 

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政治家による政治家の話

 5月25日に第46回絆サロンを開いた。「政治家による政治家の話」と題し、私が昔から親しくさせていただいている三原朝彦衆議院議員にお話を伺った。このような趣旨の会にしたのは、新聞やテレビなどでは政治家のスキャンダルや与野党間の党利党略がよく報道されるので、「政治家はいったい何をしているのか」というイメージになりやすい。生身の政治家から直接話を聞くことによって、政治の世界の一端を身近に感じてもらのは意義があろうと考えたからである。

三原先生は、まず、なぜ政治家になったかを、いつもの快活さと率直さで語ってくれた。一橋大学時代は柔道部キャプテンを務めるなどをして「勉強もしなかったので」、卒業後しばらくしてカナダのカールトン大学に留学して修士号を修めた。このカナダでの生活では、カリブ海地域やアフリカ出身者も多く、親交を結ぶうちに将来途上国の開発問題について関わりたいと考えるようになったそうである。26歳の時リュックサックを担いでエチオピアなどアフリカを回ってみた。現地で懸命に汗を流す日本の海外青年協力隊員の活動に感銘を受けて、自分も途上国の役に立つことをしたいと一層思うようになった。29歳の時、当時大平内閣の総務長官として入閣したお父上の政務秘書官となって政治の世界に入ることとなったが、「アフリカのことを忘れない」との決意を新たにした。実際、39歳で衆議院議員に初当選してこれまで7回当選されているが、議員活動としても40か国あまりのアフリカ諸国を訪問したほか世界中を見て回り、政治家として開発問題に携わっておられる。

政治家には選挙に勝つことが何よりも重要で、選挙のためには資金も必要だ。アフリカ開発のことに努力をしても選挙の票にはなかなか繋がらない。国益と選挙区の利益とは直接結びつかないこともある。鳩山由紀夫氏らと新党「さきがけ」運動に身を投じたこともある。3度の落選を経験したが、当落は天国と地獄ほどの差がある。それでも、三原議員は政治活動の行動規範として、知行合一を実践したいと考えている。そして、難しい政治の現実があっても理想の方向を間違えずに行動することが大事であるとの確信を表明した。

ついで、電話、通信、国鉄、郵政などの民営化の問題、農業の自由化、国民皆保険と医療費、中国の軍事力増大など、幅広い政策課題について熱く所信を語ったが、その中で、途上国支援において日本は何かキラリと光ることを実行すべきとか、絶対に戦争はしてはならないとの政治信念を力強く語る姿に感銘を受けた。

ざっくばらんで率直な三原先生の熱弁に誘われて、参加者から米価問題、日本として打ち出すべき開発援助の具体策、選挙権を18歳にすることに伴う政治教育の問題、政治における『忖度』の当否などについての質問があり、さらに柔道を通じた世界との交流の重要性、開発援助や国際貢献予算の増額に関して意見表明などが活発に提示され、これらに三原先生が丁寧に答えられた。

 

政治家も千差万別なのは当然であるが、大きな声で信念を語る先生の発言から、難しい政治の世界の現実の中で「知行合一」を心掛ける政治家としての真摯さが伝わってきた。また、極めて多岐にわたる政策課題に取り組む政治家の日常生活にもあらためて認識を強くした。

消費者の安全確保と消費者参画のより良い市民社会の形成

  • 2017.01.15 Sunday
  • 23:07

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久し振りに開いた絆サロン(12月12日)で、最近まで消費者庁長官を勤められ、現在同庁顧問の板東久美子さんに「消費者政策の最新動向」を語ってもらった。板東さんは、文部省に入省以来、秋田県副知事、内閣府男女共同参画局長、文部科学省生涯学習政策局長、高等教育局長、文部科学審議官など、文科省の内外で幅広い要職をこなした経験を持つ方だ。消費者に関連する問題は国民の生活に直接関係する幅広い領域にわたることは誰も知っているが、豊富なパワーポイント資料を用いての説明で、あらためて消費者行政の幅広さ、様々な利害を調整する難しさ、そして、消費者行政が消費者自身が参画すべき新しいステージに達していることなどを知ることが出来て、なるほどと思った。

主なポイントに触れてみたい。

 

消費者庁は、平成21年に、消費者問題にかかる行政を縦割りを避けて一元的・統一的に取り組む官庁として設立された。創立時の福田康夫総理は、施政方針演説において「生活者や消費者が主役となる社会」に向けたスタートの年であると述べられた。後年、板東さんが就任挨拶のため福田元総理を訪問された際、元総理は、個々の人間一人ひとりの国民の視点に立って行政を行うとの設立の目的を強調されたことが印象に残っているという。

消費者行政の様々な活動を紹介する中で、消費者被害・トラブルの実態と被害防止の取組み(架空請求の多発、アダルト情報サイトを含むデジタルコンテンツやネット販売にかかるトラブルの増加に伴う悪質業者規制、高齢者の見守りなど)、食の安全と消費者の合理的選択を支える食品表示制度の充実(機能性表示食品制度の創設、食品の産地表示などの課題への取組み、複数の食材から加工する加工食品の原料原産地表示の複雑さ)などが具体的に紹介された。様々な取り組みが行われているが、その過程で多くの課題があり、また消費者、生産者など異なる立場の人々の間の調整も複雑であることも理解できた。

板東さんは、消費者行政は悪質な業者の規制や消費者被害の防止を重点にした取組みを経て、今日、新しいステージに入っていると説く。安全・安心で豊かな消費生活と公正で持続可能な社会の実現には、事業者・消費者・行政の連携協働が重要だとしたうえで、とくに消費者については、消費者権利を正しく行使するために必要な知識と判断力を身につけるとともに、その責任を自覚し、社会を良くする行動力を持つ「消費者市民」になるべきことを強調した。すなわち、新しいステージでは、消費者自身が社会的関心を高め、必要な知識を習得し環境保全や人権の保護、地域振興にも配慮することによって、よりよい社会の実現に参画するべきことを強調された。行政は、事業者・消費者をはじめ多様な主体が方向性を合わせ、連携協働することにも注力することになる。

お話を聞いて、消費者問題の多岐にわたる内容や消費者の責任について認識が改まった。

 

質疑応答の時間では、主として以下の問題について意見が交わされた。

仝胸挫呂猟廟廚亡悗垢EU の制度に触れ、各国で差がある原産地表示制度ゆえに産地表示の国際スタンダード化が難しいこと

◆峺い消費者」のありかたに関し、健康表示を信頼して自己責任で食品を摂取して変調を起こしたような場合には、自身の問題に対処するだけでなく、第2、第3の被害拡大を防ぐためメーカーに訴えることも重要なこと、食品の安全に関しては、事業者、公的機関のホームページなどでデータベースが公開されているので活用すべきことなど

ビタミン、ミネラルなど栄養成分の機能性(健康増進効果)を米国のように企業の責任において表示することを認めるかどうかについては、過剰摂取につながる可能性など、種々の議論があり、国が定める栄養機能食品制度の表示内容の改定の中で検討することとなったこと

 

質疑応答後の懇親会では、会合に出席された原田義昭衆議院議員の音頭で乾杯をし、会場のあちこちで話の輪が広がった。講師の板東さんは、様々な参加者からの質問や意見に耳を傾け、対話に余念がなかった。忘年会を兼ねた本年最後のサロンも、温かい雰囲気の中で終えた。

 

本年1年を通じ、絆サロンに参加して下さった皆様に、感謝とお礼を申し上げます。

世界をつなぐ、日本の文化

  • 2016.07.01 Friday
  • 15:47

3か月ぶりの第43回絆サロンは新しい形式で行った。一般社団法人「鴻臚舎」との合同サロンである。鴻臚舎は文化の分野での国際交流を支援する組織として昨年11月に設立され、実は私がその代表理事を仰せつかっている。この組織には能、琵琶、日本舞踊などの関係者も多く、講演後は琵琶奏者として名高い須田誠舟日本琵琶楽協会理事長の勇壮な薩摩琵琶「川中島」の弾き語りが披露され、80名が参加した会場は盛り上がった。

講演は、「世界をつなぐ、日本の文化」というテーマで私がお話をした。日本の文化が世界中を惹きつけている実情をエピソードも交えて語り、日本文化の役割にも触れた。

以下は、その概要である。 

   

(講演要旨)

外交官40年の生活の中で7カ国に在勤し、出張も含め世界中を行脚して感じたのは、日本人は無意識のうちに文化によって世界の平和に貢献しているということである。日本文化の比類なき多様性と日本人の独特の感性が世界の心を魅了している。

比類なき多様性と斬新さは、古典芸能(歌舞伎、能、文楽などに見られる「かたち」、舞台様式、簡素・幽玄、心情表現等)、書画(絵巻、水墨画、浮世絵、かな書などに見られる独特の構図、視点、余白、流麗さ等)、文学(小説、随筆、俳句、短歌などに見られる情趣の豊かさ、余情等)、工芸(彫金、陶磁器、根付などに見られる緻密さ、ぬくもり、装飾性)、音楽(邦楽の多様さ、音階の独特さ等)、思考・行動様式(禅に見られる「般若」「不立文字」「色即是空」の概念、武士道の「死」への姿勢等)、茶道(「わび・さび」)、生花や盆栽(宇宙観を映す構成等)、庭園(自然との融合)、生活文化(スシ、和食などの食文化、マンガ、コスプレなどの若者文化)などなど、枚挙に暇がないほどである。とにかく、ジャンルが多岐・多彩であり、それぞれのジャンルの内容には欧米をはじめとした諸外国の文化にはない独自性・斬新性がある。それが世界の人々にインスピレーションを与えているのである。いくつかの例をスライドで鑑賞した。源氏物語絵巻の「吹抜屋台」の構図、水墨画として長谷川等伯の「松林図」の描かれない部分の意味あい、葛飾北斎の浮世絵に見られる大胆な構図、剣豪宮本武蔵の枯木鳴鵙図の余白や気迫、蓬莱切・高野切のかな書の美しさなど、その斬新性には目を見張らせるものがある。「また、古今和歌集」仮名序(紀貫之)の「やまとうた」についての記述とそれに関する高階秀爾先生の解説を紹介した。

日本に帰化した著名なドナルド・キーン氏は「日本人の美意識」という著書で、日本人の美意識を考えると浮かんでくるものとして、「暗示、または余情(俳句や和歌にみられる曖昧さ、能楽の暗示表現など)」「いびつさ、ないし不規則性(寺院建築、陶器、書、造園、徒然草の一説など)」「簡潔(茶の湯の例)」「ほろび易さ(徒然草の一節、桜に対する日本人の心情など)」の4つを示し、それぞれについて多数の例を挙げて説明しているが、(元)アメリカ人が観察した日本人論として、とても興味深い。

 

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源氏物語絵巻(吹抜屋台)    長谷川等伯(松林図)

 

3 4      5

葛飾北斎(神奈川沖浪裏)    宮本武蔵(枯木鳴鵙図)高野切第二十巻「東歌)

 

私はこれまでに様々な国の様々な人々から日本の文化を称賛する声々を聞き、また日本文化が海外に与えた大きな影響を見てきた。例えば、戦争後のイラクに出張するたびに現地の首相はじめ経済界の多くの人たちから、日本の企業に是非イラクの復興支援に協力してほしいと懇願された。その理由は、日本の技術力、日本人ビジネスマンの誠実さ、責任感、謙虚さ、納期などの約束を守る姿勢などである。ロシア人やアフガニスタン人の大多数が日本文化に強い関心を持っており、とても親日的である。反日感情が強く喧伝される中国や韓国でも、実際には非常に多くの人が日本の文化が好きで親日的だ。デンマークのような小さな国の地方に行っても、日本の武道や俳句や盆栽、日本庭園に親しんでいる多くの人々に出遭って驚いたことがある。柔道については、アフリカの貧しい小さな国でも粗末な環境の中で嘉納治五郎師範の教える柔道を真剣に学んでいる人々がいた。文化大国と言えるフランスでは19世紀後半から「ジャポニスム」が風靡して、印象派の画家に多大な影響を与えたし、また、日本の懐石料理がフランス料理の革新を生んだ事実もある。カラオケ、スシ、コスプレなどは世界中を席巻し、村上春樹の小説が世界中で人気を博し翻訳されて読まれている。

要するに、他国にない日本文化の多様な斬新性が世界中の人々の心に新鮮なインスピレーションを与えているのである。この素晴らしい日本文化の価値をどう世界に役立てるかを考えることも重要である。これまで、日本文化が自然な形で世界に浸透してきたが、さらに自ら発信する努力が必要である。日本政府の文化関係予算は主要なヨーロッパ諸国や中国、韓国政府の予算に比べて著しく低い。私はかねてより、「ODA 予算」を発展的に解消させて、新たに日本の強みである途上国への開発援助、文化交流、科学技術移転、そして人的交流費用を包摂する「国際協力費(仮称)」を創設し、GDP 0.5%程度を充てるべきであると主張している。防衛費の半分であるが必要なもので、国家の戦略として考えるべきである。しかし、巨額の財政赤字のもとでは聞いてもらえない。

政府とは別に民間レベルでの文化交流を強化することも重要である。私は、柔道、高校生の世界的な交換留学推進、アジアの元日本留学生組織と日本との連携を図る組織の役員の仕事などを通じて、国際交流にささやかながら努力しているが、最近「鴻臚舎」の仕事も始まった。「鴻臚舎」は金春流能の能楽師櫻間右陣先生が推進している能の海外公演を支援するとともに来年はカンボジアの素晴らしい伝統舞踊団を日本に招聘すべく取り組んでいる。昨年は韓国との国交正常化50周年事業で日本の能と韓国の伝統舞踊の共同公演を行い、本年はイタリアとの国交150周年、アイスランドとの国交60周年の記念の能公演をお手伝いする。来年は、デンマークとの150周年、アイルランドとの60周年の記念行事に参画する予定である。海外公演への同行ツアーなどもあり、御関心のある方は「鴻臚舎」にもご参加を願いたい。

混沌とする世界:国連の可能性、限界、改革

  • 2016.03.31 Thursday
  • 17:37
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シリアを巡る地域紛争、難民、テロ、核開発、中国の軍事的台頭などなど。最近の世界はますます混沌として、有効な解決策が見つからない状態に不安感が増している。世界の平和と安全に主要な責任を有する国連はどうしているのか。そんな問題意識のもとに、第42回「絆サロン」(3月22日)では国連の事情に詳しい大島賢三さんに語ってもらった。元外交官で、国連事務次長、日本の国連大使(常駐代表)を勤められた大島さんほど高いレベルで幅広く国連の実務を担った人は我が国ではいない。
大島元大使の包括的で懇切な説明のお蔭で、国連の役割や限界、改革の難しさ、日本の目指すべき方向などが良くわかった。以下はその概要である。
 
(講演要旨)
最近の国際情勢は流動化してきたが、その背景にはパワーバランスの変化(米国の相対的地位の低下、中国の台頭、ロシアの復権など)、危機の増大(中東情勢の複合危機、イスラム過激主義等)、さらには解決の難しいグル―バル課題(気候変動、核拡散、テロ、難民、格差拡大など)がある。我が国は、中国、朝鮮半島などに絡む安全保障環境の変化に加え、国際的地位の低下に悩む。我が国にとって重要な中国は、共産党独裁体制を維持して中華帝国復活の夢をもって中華経済圏の確立、経済力・軍事力増強、海軍大国への道などに向かって着実に政策を進め、力づくで既成事実を作ろうとしている。中国は既存の国際秩序に挑戦するのだろうか。中国は四半世紀以上前からほぼ毎年10%以上の伸びで国防予算を増強してきた。
 
戦後70年間、国際政治組織としての国連と国際経済金融組織としての「ブレトン・ウッズ体制」が世界の秩序を担ってきたが、国連の役割と限界を見てみよう。国連は193カ国が加盟する唯一の普遍的な国際機関で、28の関連機関をもち、4万人以上のスタッフを擁する。その主要な任務は、国際の平和と安全の維持、経済社会開発、人道・人権、文化、環境、基本的自由などの分野に及んでいる。国連は主権国家の集合体であって世界政府ではないが、その存在意義には、国際社会の現実を映し出す鏡(不完全であっても不可欠な「国際公共財」)、国際世論・国際合意形成の場(総会決議、国連主導の国際協定等)、加盟国の行動に対する合法性や正当性の付与(安保理決議)、加盟国の国益と国際公益の調和を図る場などがある。制度疲労や限界もあるが役割を果たしている分野も少なくない。例えば、最近の世界の問題に対して、国連は次のような役割を果たしてきた。
・中東の複合危機→特別代表による仲介、難民等人道危機への支援
・欧州の難民危機→大量難民を抱えるシリア周辺諸国への支援
・国際テロ→総会決議、安保理決議による対応
・地域紛争・内戦→PKO派遣、平和構築支援
・経済格差・貧富の差の拡大→MDG/SDGなど開発戦略の策定
・地球温暖化→COP21(パリ協定)、ISDR(国際防災戦略)
・大量破壊兵器の拡散→核不拡散条約(NPT)、軍縮会議等
・北朝鮮の核・ミサイル開発→安保理制裁決議
・中国の覇権主義的動き、海洋進出(南シナ海、東シナ海)→?
 
国連のこうした活動に対しては、世界を巻き込む大戦争を防いできたことや国連の機関や個人が計18回のノーベル平和賞を受賞したことなどへの評価もあるが、安保理の機能不全や拒否権の存在への批判もある。しかし、過度の礼賛も無用論も避けるべきで、国連を活用できるところを活用し、現実的見地から強化・改革を図る必要がある。
こうした状況の中で安保理の改革が進められている。安保理は拒否権や様々な特権を持つ常任理事国5か国とそうでない非常任理事国10か国で構成される「格差社会」である。しかも、中東和平、ウクライナ問題、シリア紛争、南シナ海、北朝鮮やイランの核開発の諸問題などのいずれにおいても、いずれかの常任理事国の重要な国益が関わっているため拒否権が行使されるなどして、十分機能しない。安保理を改革する議論や試みは1990年代以降、何度か繰り返されてきた。国連憲章改正には総会の3分の2以上の加盟国による発議と批准が必要だが、常任理事国の拒否権という高いハードルがあるので成就していない。最近では2000年代の半ばに当時のアナン事務総長が「安保理改革なくして国連改革なし」と主張し、改革への大きな運動がおこった。改革の方向性は代表性の改善(=メンバーシップの拡大)、作業方法の改善、拒否権の扱い、効率性の維持などであった。当時自分(大島氏)は日本の常駐代表をしていたが、安保理メンバーシップの拡大のために日本とドイツ、インド、ブラジルの4か国(G4)が結束して安保入りを目指して世界的に改革運動を展開した。かなり進展があったが、結局挫折した。常任理事国は一致して拒否権にタッチすることに絶対「No」の態度を貫いた。日本の常任理事国入りについては、米、英、仏の常任理事国や世界の多数の国が支持をしてくれた。G4各国の常任理事国入りについては、ドイツに対してはイタリヤ、インドに対してはパキスタン、ブラジルに対してはアルゼンチンなど、当該国と同じ地域に属する近隣国が強く反対した。日本に対しては、中国や韓国が徹底的に反対した。大票田であるアフリカも大多数が日本支持だったが、「アフリカ連合」としてまとまりきれなかったなどの事情もある。
不成功に終わった2005年の安保理改革への努力はその後も続けられているが、その後妥協案もが浮上している。打開策はあるのか。それは、「準常任理事国」ともいうべき新タイプのカテゴリーを設け、これらの国の任期を長期にして再選可能にする案で、常任理事国の数を増やす「モデルA」案に比べ「モデルB」と呼ばれる。常任理事国を「ファーストクラス」とすればモデルBは「ビジネスクラス」を設けることではあるが、モデルAの実現性が乏しい中で検討に値する。
日本は近年財政や経済事情のため、国連通常予算分担率も下がり、かつて世界一だったODA(政府開発援助)実績額も世界5位になっているが、国連においては平和分野での積極的イニシアティブ、開発・人道分野での貢献、新しい課題を設定し取り組む先進国として各国から高く評価されている。発信力を強化して、安保理改革に取り組み、国連への一層の貢献を目指していくべきである。
 
(質疑応答要旨)
Q:モデルAとモデルB、また、中国による日本への反対についてさらに説明してほしい。
A:新しい常任理事国を増やすとしたら拒否権をどうするかが問題になる。多くの国が拒否権をなくせというなかで拒否権付きの新しい常任理事国創設には反対が多い。妥協案として、新しい常任理事国が15年間拒否権を行使しないとの妥協案もある。インドは拒否権付きの地位を主張しているが、モデルBでは「ビジネスクラス」に座る国に拒否権は与えられない。各国の思惑が強く、なかなか合意が難しい。中国は常任理事国の地位を絶対守りたいし、同じ地位を日本に与えたくないのである。背景には、戦争で日本から多大な犠牲を強いられたので加害者である日本が常任理事国になるのに反対する感情があるのだろう。日本が常任理事国ではない何らかの地位に就くのであれば妥協の余地があるのかもしれないが、よくわからない。
Q:長い間PKOが行われているが、あまり改革が見られない背景は。
APKO活動は国連憲章に明記されてはいない重要な国連の活動であるが、いくつか問題があるのも事実である。パキスタン、バングラデシュ、インドなど途上国が数千人単位で多くの兵士をPKOに派遣している。国連による兵士への手当ても途上国の水準では悪くないこともあるが、派遣された兵士がセクハラなどの問題を起こす例もある。先進国からの兵士派遣数はあまり多くない。本来、紛争地で当事者間に停戦合意があり、その遵守を維持・監視する役割があるが、近年は紛争が終了しきれない状態のところにも派遣せざるを得ない場合も多く、犠牲者が出る危険な任務である。日本については、派遣人員数は少ないが財政的には大きな貢献をしている。ただ、武器使用について、これまで自分の身を護る場合にのみ使用を許されるが、任務遂行のために武器使用が認められる国連の常識と乖離している問題もある。改革が議論されてはいるが、派遣国の利害調整の問題や厳しい条件を課すと派遣する国が減ったりするので、改革はまだ大きな進展はない。
Q:韓国が国連の人権委員会などで従軍慰安婦の問題をとりあげた。国連で日本批判をする市民団体の状況はどうか。
A:詳細は不明であるが、中国などの団体でそのようなことをすることがあっても驚くべきことではない。国際社会で日本を貶めようとする団体は材料があれば何でもやる。日本はそういう行動にもっと発信力を高めて対応する必要がある。
 

「ハワイのことがとてもよくわかった!」

  • 2016.03.27 Sunday
  • 17:09
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3月7日から14日まで、絆郷はハワイに海外特別企画旅行を実施した。総勢15人。昨年1月のカンボジアに続く第6回目の旅である。ハワイ在住2年半とその後何度も訪ねている私にとっても、ハワイに行くときはいつもウキウキとする、「憧れのハワイ航路」である。
今回の旅行は、主要テーマとして「日系人」「ハワイの自然」「ハワイの人々との交流」「ハワイの歴史・地理」などを念頭にして日程を作成した。参加した方々が、「楽しかった」「ハワイのことがとてもよくわかった!」と言ってくれたことは、主催者として大きな喜びである。現地で協力してくれた私の多くの友人の皆さまにも感謝したい。明治初期から始まる日本人移民の歴史展示館、日本の真珠湾攻撃の実写記録映画、ジョージ・アリヨシ元州知事のしみじみとした経験談、三澤総領事による最近の日本とハワイの関係の説明、ハワイの地理や歴史を立体的に見せるビショップ博物館、真っ青な海を見ながらの昼食やハイキング、ハワイ在住日本人との懇親会、ハワイ先住民組織幹部によるハワイ王朝廟の案内などが、ハワイのことを具体的に知るうえで役に立ったのではないかと思われる。ハワイには様々の面で日本と強い関係があることもあらためて感じられた。
以下は私の主観もまじえたそのハイライトである。
 
日本人移民の苦難の歴史、日系人のハワイ社会への貢献
ホノルルにあるハワイ日本文化センターには当時の移民が使った生活用品や写真が展示されているので、当時の日本人の生活やその子孫である日系人の歴史が具体的によくわかる。日本人ボランティアの懇切な説明がそれに一層現実感を与えてくれた。明治元年に始まる移民はサトウキビ畑で過酷な労働を強いられる。1885年から日本・ハワイ両政府の合意に基づく移民が増加し、1920年代には日本人・日系人がハワイの人口の4割近くを占めるまでになった。幾多の苦難に遭遇した日本人は子孫の教育を重視し、やがて次第に日系人がハワイ社会で重要な役割を果たすようになる。彼らは、日々の生活の中で誠実さや忍耐などの日本の伝統的価値観を守りそれを実行していったが、そうした価値観はハワイ社会にも浸透するようになった。例えば、長く知事を務めたジョージ・アリヨシさんは、「おかげさまで」という言葉をよく用いたが、人に感謝する気持ちや謙虚な姿勢がハワイ社会の日系人以外の他の人々にも浸透していった。我々の夕食会に夫妻で参加してくれたアリヨシ知事は、移民1世のお父さんに教えられたことを守って誠実に忍耐強く人のために尽くそうと頑張ってきた人生を静かに語ってくれたが、その語り口に日系人の果たした役割を実感することができた。
 
興味深いハワイ諸島形成の歴史
ビショップ博物館はハワイの歴史、地理、地勢などを解かりやすく立体的に展示している。特に興味深いのは、火山活動で形成されたハワイ諸島の生い立ちや今でも少しずつに西北方向に移動している事実などである。長い時系列をジオ・パノラマ風に示していてわかりやすい。これからも噴火などで新しい島ができるとも説明されている。南太平洋から渡ってきたハワイ先住民の航路や太平洋のポリネシア諸島の文化やハワイ王朝の形成と転覆の歴史も興味深い。ここでは、この道何十年の旧知の浅沼さんがどんな質問にも懇切丁寧に解説してくれた。ビショップ・ミュージアムはハワイを知るうえで必見の場所である。
 
凄まじかった日本の真珠湾攻撃とハワイ日系人への甚大な影響
真珠湾に浮かぶアリゾナ・メモリアルは、日本の真珠湾攻撃によって沈められた戦艦アリゾナ号の上に作られた記念館である。艦内には多数の兵士がそのまま眠っている。当初は記念館に行って花を手向ける予定だったが、折からの強風で船が出なかった。それでも陸地側の施設では、日本軍攻撃時の実写フイルムが上映され、また当時のハワイやアメリカの状況が詳しく展示されているので、時間をかけてみることができた。とくに実写フイルムは日本ではなかなか見られないもので、攻撃の凄まじさを実感することができる。近くに展示された多くの写真もハワイや全米に与えた影響の大きさを物語る。ハワイ日本文化センタ―で見た日系人の歴史の展示やアリヨシさんの回顧談なども併せてみると、真珠湾攻撃が日系人に与えた苦痛や甚大な影響を理解できる。当時の日系人はアメリカ市民であっても「敵国人」と見做されてキャンプに収容された。他方、若い日系人がアメリカへの忠誠を示すため志願兵となって、ヨーロッパ戦線に投入された。多数の犠牲者が出たが勇猛に戦い軍事的な功績をあげ、日系人への敬意の念を取り戻した事実もわかる。
真珠湾攻撃によって開始された日米戦争。その無謀さとアメリカや日系人社会に与えた影響の大きさなどは、やはり現地に行ってみないと感じられない。昨年は戦後70年だったが、三澤総領事によると、戦後続いていた真珠湾攻撃に対する厳しい日本への感情は、近年の日米関係の緊密化の中で少しずつ変わっているようだ。
 
自然の雄大さ、開放性、自然と人の心、ハワイに住みつく日本人
ハワイは何と言っても自然が素晴らしい。Big Islandと呼ばれるハワイ島一周遊覧ではキラウエアのハレマウマウ火口を見たほか、ブラックサンドビーチで砂の上にうずくまる海亀に出逢った。オアフ島巡りでは素晴らしい海や壮大な山の景色を楽しんだ。オプショナルツアーでココヘッドのハイキングに参加した人たちは、高いところから見る信じられないほど碧い海の色合いの多様さに感嘆した。
ハワイの風は心地よいし、すべてが開放的だ。真っ青な海を見ながらワイキキのハレクラニ・ホテルでの昼食。レストランには窓やドアがないので風が心地よく吹き抜ける。小鳥も中に入り込んできて、自然と人とが融和しているような雰囲気だ。温かい風が人々の心の中を通うような気さえする。実際、ハワイの人々の心は開かれていて、誰にも優しく親切だ。「アローハ」という呼びかけに象徴されている。
ハワイ州の人口構成は白人系は24%ぐらいで、あとは日系人、フィリピン系、ハワイアン系、中国系、韓国系など。多数の民族が混じり合い、総じて仲良く融和的に暮らしている。ハワイ島でがガイドをしてくれた日本人男性は、以前はアメリカ本土に住んでいたが、ハワイのコナに来てからずっとそこに住みついたという。村の人々がとても優しく助けてくれるし、生活のテンポが実に穏やかだからという。ホノルルのヨットハーバーのレストランを借り切って現地在住の日本人を中心とするハワイシニアライフ協会の方々と懇親会をした。大部分の人がもう何十年の単位で住んでいるのは、自然や人々が優しいことが理由のようだ。かなりの高齢者でもとても若々しく見える。やっぱりハワイはいいらしい。もっとも、そのうちの一人は、永住しようと思っていたが最後は日本に帰ろうかと思うと述べていたが。
 
ハワイ王朝の悲劇の歴史
日本にいると知る機会は少ないが、ハワイには悲劇的な王朝の歴史がある。1795年にハワイ王朝建国を宣言したカメハメハ大王は1810年にハワイ諸島を統一し、その後ハワイ王朝が100年近く続いた。1881年にはカラカウア大王が日本に来て明治天皇に謁見し、日本とハワイの連邦化を提案した歴史もある。しかし、1893年に王朝は転覆されて滅亡し、その後ハワイは合衆国に併合された(1993年、合衆国議会は上下両院合同決議で併合の過程が違法であったことを認め謝罪した)。今回の旅行では、ハワイ王朝の流れを汲む組織の幹部で私のかねての親しい友人の案内で、ハワイ王朝廟を訪問した。王たちの墓の前で真摯に祈りを詠唱するこの友人のハワイ王朝への強い愛着や復権への気持ちを感じた。ハワイへの旅行者がほとんど行くことのない王朝廟訪問で、王朝の歴史に思いを馳せた。
 
ホノルルの美術館巡り
 米国タバコ会社大手「キャメル」の創始者の一人娘、ドリス・デュークの冬の別荘、シャングリアの見学も今回の旅行の目玉の一つであった。2頭のラクダの彫刻の奥にシンプルな入り口。中はイスラムアートの宝庫。ハワイ在住の日本人学芸員のご案内で、ドリスの質の高い収集品と、こだわりの空間を思う存分堪能した。またオプショナルツアーでは、タンタラスの丘の展望台からのダイアモンドヘッドとホノルルのダウンタウンを眺め、現代美術館スポルディングハウスの庭の散策、そして、ホノルルミュージアムを見学した。ホノルル美術館はアジア諸国の美術品が多く興味深かった。ジェームスミッチェナーの浮世絵コレクションは米国内でも最も優れたコレクションの一つで、日本で見られない広重の貴重な作品は、保存状態も良く、目を引いた。また、日本に長く住んでいたフランス人、ポール ジャクレーの版画の展覧会も興味深かった。
 
意外に多様なハワイの側面
今回の旅行に参加してくれた人たちは、通常の観光ではわからない様々のことが分かったと言ってくれた。でも、ハワイはまだたくさんの「顔」を持っている。自然や人間が素晴らしいが、太平洋の真ん中に位置するハワイは人々の知的交流の拠点としての役割も果たしている。1年を通じて米本土やアジア太平洋地域から多くの学者や研究者が行き交い、ハワイの研究機関やシンクタンクとの間でシンポジウムや共同研究を続けている。また、ここには米国最大規模の太平洋軍司令部があって、アメリカ西海岸からインド洋にかけた広大な地域の安全保障を担っている。日米同盟に基づく自衛隊との関係も緊密であり、日本の安全保障にとって死活的に重要な場所でもある。日系人や在住日本人たちのお蔭で、日本の存在感は大きい。島によって異なる大自然は多岐多様で面白い。
ハワイは何度行っても楽しいし、何度も行く価値のあるところである。
 

成長する次世代リーダーたち

  • 2016.02.05 Friday
  • 21:27
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 本年最初の絆サロンは、次代を担うべき高校生のリーダーたちに焦点を当てた。混沌とする国際情勢や構造的諸問題を抱える日本社会のなかで、多くの人びとが日本の将来はどうなるのだろうかと案じ、若い人たちに期待をかけながら同時に一抹の不安を感じているのではないかと思われるからだ。講師に「日本の次世代リーダー養成塾」を運営している加藤暁子さんをお招きした。加藤さんは、約20年間毎日新聞の記者を務めたのち、物事を人に伝える仕事から教育という分野に転じた。若者のリーダー育成に情熱を傾け、12年前に「日本の次世代リーダー養成塾」を立ち上げ、連日国内外を飛び回る、とにかく凄いエネルギーを持った人だ。
 加藤さんの行動の原点には、記者時代にタイや香港で数年時間を過ごしたアジアがあるようで、日本の高校生とアジアを中心とする外国の若者を共同生活させる手法を用いている。アジア諸国には、英語などが堪能で国際感覚も備え自分の考えを明確に表現できる若者が非常に多いので、内向き傾向の強い日本の若者を一緒に鍛えるのはとても良い方法である。日本の高校生がアジアの若者から大いに刺激されて鍛えられ、アジアの若者も日本の良さを知るようになり、双方向の効果があるようだ。実際、塾での生活を通じて日本に対する見方を変える近隣国の生徒も少なくないようだ。
加藤さんは、毎年夏の2週間開いている高校生のための「日本の次世代リーダー塾」の概要(詳しくはhttp://leaderjuku.jp/ をご覧いただきたい)とその効果について熱弁を奮ってくれた。日本全国から170名の高校生を募集選抜し、アジアの7カ国から日本語のできる20名の高校生を選抜して招待する。内外の著名な指導者や日本企業の幹部などを講師として招く。親交を結んでいるマレーシアのマハティール元首相も毎回講師として駆けつけてくれるという。福岡市での2週間の合宿では、日本とアジアの若者が寝食を共にして日本語であるいは英語で熱い議論をして親しくなる。一流講師の話を聞き、企業の精鋭幹部がクラスの担任になって若者と今後の人生について語り合う。講義後にはグループディスカッションで議論を深め、「アジア・ハイスクールサミット」ではアジアの未来について様々なアイディアを出し合うそうだ。アジアの若者同士が意気投合して「アジア学園を創ろう」などという提案もあるという。日本の高校生は、アジアの生徒の流暢な英語や日本語に驚き刺激を受ける。モンゴルの生徒が「世のため人のために働きたい」というのを聞いて自分も発奮する。2週間の合宿で、日本の高校生は見方や考え方が凄く変わるそうだ。議論を闘わすことにも慣れてくる。自分も世界に出ていきたい、アジアのために頑張りたいと思うようになる生徒も出てくる。この塾を卒業した日本の高校生の進学先や就職先は多岐にわたり、海外留学や世界と関わりのある仕事に就く者も多いそうだ。
 加藤さんは、こうした経験を通じて興味深い教育論を展開してくれた。合宿中は生徒の携帯を預かって使わせない。「可愛い子には旅をさせろ」だから、親が心配していろいろ言ってきても受け付けない方針の由である。よく日本の若者はひ弱だと言われ、実際にも若い官僚や記者にはひ弱な人も多くなっている。緊張して過呼吸になる者もいる。すぐ会社を辞めたいと思ったりする。しかし、子供の気持ちに安易に合わせるべきではない。ひ弱になるのは、親など大人が甘やかしているからである。子供たちは「まっさら」で様々な影響を受けやすい。2週間の合宿でもかなり鍛えられ、生き甲斐や将来の夢を語るようにもなる。単純な平等論だけでなく「リーダーになろう」という気概を持たせ、リーダーを育成するのも有益である。親の言うとおりにする子供を育てるのではなく、子供のやりたいことを親が聞いて励ますことが重要である、先のことを考えたり構想するように教えることも必要だ。2週間の合宿生活を終えてまず、学校や地元のコミュニティで人を助けたり、ボランティアをする気持ちを持たせることも大事だ、などなど。
 講演のあと、時間を超えて質疑応答が続いた。応答のいくつかを拾ってまとめてみた。
―里忙臆辰靴深堝瓜里国を超えてコミュニティをつくっている。人脈として将来の活動に大いに役立つ。塾の事務局にも多くの卒塾生から便りが来て、効果が感じられる。
⊇里鳳募する生徒には目標を持っているものが多い。2週間で大きく変わる子供が多いが、やる気の有無が重要な要素である。他方、今の若者は我慢に欠けるところもあり、あえて「雑巾がけ」的なこともさせている。気配りやボランティア精神の重要性も教えている。朝7時に掃除をさせる。8時に自分の思ったことを1200字ぐらいで書かせてもいる。手紙の書き方も学んでもらう。
B棺寮犬魍こ阿卜更圓気擦燭蝓⊇寮犬粒こ宛修も手がけていきたい。
こ惺史問をして良い生徒を発掘したい。応募者の選抜では面接を重視している。将来の夢に関する作文も重要な要素である。
ゴ覿箸篌治体の協力もいただいている。各界で活躍する講師にはロールモデルになれる人も多い。
Α淵▲瓮螢留学予定の高校生から、価値観の違う人との付き合い方について質問があり)異質なものにどう対応していいかわからない子供も多い。当塾ではアジアの生徒と一緒に合宿することで効果がある。討論で自分の言いたいことをどんどん主張することより、人の話をよく聞いて異なる意見を調整しまとめる姿勢が大事だ。これは日本的な特色でもある。海外に行って日本人だけで固まらないように。ファーストネームで呼び合える友人を多くつくることに努めてほしい。多くの国の人と人間的な心と心の関係を築くように努力してほしい。
 
 以上が1月29日のサロンの概要だが、明確な考えや姿勢で若者を育成する情熱も素晴らしいが、それを実行するため多くの識者や企業や自治体を走り回って協力を得たり、資金を確保する加藤さんの行動力にあらためて感銘を受けた。多くの若い次世代リーダーが育ってもらいたい。

絆サロン、楽しい雰囲気で「納会」

  • 2015.12.08 Tuesday
  • 07:48
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今年も早や師走に入った12月1日、絆サロンが納会を行った。本年も8回のサロンが開かれたが、その締めくくりである。いつものような講演会形式ではなく、お招きした4名のゲストがめいめい短時間のお話をして話題を提供してくれた。あとはゲストを囲んでワイワイガヤガヤの懇親会となった。
ゲストのトップバッターはマラソンの有森裕子さん。私が有森さんに初めてお会いしたのは、有森さんが主催しているカンボジアでのアンコールワット国際ハーフマラソンに参加した時で、2000年の12月のことである。この大会は地雷の犠牲者支援の一環として毎年行われているチャリティー大会である。私はカンボジア在勤中、毎回この大会に参加したが、それを通じて、私は有森さんが、いかに真摯な気持ちで犠牲者や家族に寄り添い、また、長い内戦を経験したカンボジアの人々にスポーツをする楽しさを味わってもらおうと、情熱を持って取り組んでいることを知り、強い感銘を受けた。実は私は、赴任の翌日に参加した最初のマラソンではからずもゴール寸前で脱水症状のため筋肉痙攣が起き脱落してしまったが、有森さんは私が隠していたこの事実を皆の前で暴露してしまった。ともあれ、有森さんは、現在もアンコールワット・チャリティ・マラソンのほか、日本スペシャル・オリンピックス理事長なども務め、障害を持つ人々の自立支援や震災の被災地の子供たちの支援活動にも携わっている。有森さん御自身も、スポーツを通じた障害者と健常者の共生共存を図ろうとしていることを話してくれたが、長い期間にわたり揺るぎない活動をするこの人の姿勢に私だけでなく会場の皆さんも尊敬の念を強めたようだ。
次に登壇をお願いしたのが、民主党若手国会議員の緒方林太郎代議士。緒方氏は、外務省を退職して政治の世界に入ったが、その動機は「国民本位の政治を取り戻したいから」だそうだ。最初の当選後、落選経験もされているが、とかく毎日の議員稼業には大変な苦労がある。外交官として活躍していたのを思い切りよくやめたのは大変な決断だと思うが、緒方氏としては、日本の平和と安全にかかわるために議員活動を続けておられるそうで、なるほどそれは外交官、政治家に共通の目標なのだと納得できた。自民党主導による最近の安保法制の成立に関して緒方氏は、法の内容について理解できるところと疑念を感じるところの双方があると率直に指摘。是々非々主義で行動されているようだ。
ゲスト3番手は女子柔道界の草分けでオリンピック・メダリストの山口香さん。筑波大学准教授、日本オリンピック委員会理事、コナガの社外取締役など、多方面で活躍されている山口先生の話は、いつも刺激的で面白い。東京オリンピック・パラリンピックはそれが決まってから国内は相当盛上ったが、最近は競技場の設計変更やエンブレム問題などで「盛り下がってきた」、これからもまた何か問題が出てくる可能性があると指摘したうえで、東京オリンピック・パラリンピックは日本を変える好機であると強調された。つまり、古いもので今日の状況に合わないものを捨てて大掃除する機会でもある、海外に窓を開き大勢の人を迎え入れて「おもてなし」を発揮するにも多くの改善や緊張が必要になろう、これからの10年、100年をどう見据えていくか、そのために何をしたらいいか、他者や制度を批判するだけでなく、自分は何を変えようか、何をしようかと考えることが重要だと問題提起。なるほど。
最後の登壇者は原田義昭衆議院議員である。文部科学副大臣、衆議院外務委員長、同財政金融委員長等を歴任した当選7回の自民党ベテラン議員(福岡第5区)。外交活動にも熱心で、先般来尖閣諸島が日本領となっている中国側発行の古い地図を発掘し中国側に提起したことを説明してくれた。また、ロシアや中国についても論評し、さらには、「一億総活躍社会」、「新三本の矢」など安倍政権の政策課題やその意義なども解説された。聴く者にとっては、緒方議員の話と合わせて政治家の日常的な活動を身近に感じられたように思われる。
 
サロン参加者はそれぞれゲストを囲んで質疑応答を続けたり、あるいは知人同士で話に花を咲かせたりで、対話を楽しんだ。霞が関ビル35階の会場からは、東京タワー、虎の門、新橋、さらには東京湾の夜景が見える。
例年よりやや参加者が少なかったが、親密で楽しい雰囲気で話がいつまでも続いた。

在韓32年の薀蓄(うんちく)と慧眼(けいがん)

  • 2015.10.21 Wednesday
  • 16:45
 
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いよいよ安倍首相と朴大統領の初の首脳会談が視野に入ってきた。ちょうどそんなタイミングで、10月15日、在韓32年のジャーナリストで作家でもある黒田勝弘さんが、「韓国と付き合う法」を語ってくれた。とても面白く示唆に富むのは、嫌韓・反韓の日本の空気の中では見えない視点を多く提示してくれたからだ。いつもながらのわかりやすい言葉で、この人の在韓32年の薀蓄と慧眼が遺憾なく発揮された感がする。
 
(講演要旨)
自分(黒田)が韓国に長く住むことになったのは、共同通信のソウル支局長の仕事が終わり帰国したとき、産経新聞社から、ソウルに好きなだけいていいからと言われて誘われたからでもある。「よく韓国にこんなに長く住んでいられるね」「何が面白いのか」と聞かれることが多いが、韓国での日常生活は非常に面白い、毎日が実に刺激的で飽きないからであると答えている。つまり、ジャーナリストとしてもネタが尽きないのだ。日本と韓国は似ているようで似ていないところが多い。例えば、箸やスプーンを食卓に置くときの方向が日本と違う。あれっと気付く、そんな意外感や異同感がとても興味深いのである。韓国人は、初代統監となった伊藤博文をはじめ韓国統治に関わった日本人には長州出身者が多いせいか、「悪いのは長州だ」という感覚がある。最近の韓国は極端とも言うほど安倍批判が強い。安倍首相が政治家として尊敬する祖父の岸信介元総理も長州出身でその弟の佐藤栄作元総理もそうだ。だからというわけでもあるまいが、実は岸、佐藤両元総理はいずれも日韓関係正常化や韓国の発展に熱心であった。
朴槿恵氏が大統領になった際、自分は安倍首相とはうまくいくのではないかと思ったが、現実は違った。朴大統領は基本的には反日感情はなく日本が好きではないかとさえ思うが、韓国メディアの反日感情が強いことや慰安婦問題を関係改善の前提条件にするというボタンの掛け違いをしてしまったことなどが、今の状況を招いているのだろう。近く日中韓、日韓の首脳会談がある見込みだが、日韓首脳会談が実現したら、次に朴大統領が訪日することが望ましいし、実現可能性もある。朴槿恵氏の父親の朴正煕元大統領は韓国では評価は高く、また、槿恵氏が両親とも暗殺された不幸な人でもあるので、韓国内では政治家として高貴な人として扱われている。従って、これまで政治的業績はないにも拘らず支持率はあまり下がらない。現在訪米中であるが、母の暗殺後はファーストレディーとして大統領である父に仕えた経験もあって海外での振舞いが立派であり、通常外遊後は支持率も上がる。朴槿恵氏の政治家としての特色(「カンバン」)はクリーンさとストイックなところであるが、本人もそれを大事にしている。産経新聞の特派員が告訴されたのも、そのカンバンに疑念を起こさせるようなネット記事を引用してしまったからである。
先般、朴大統領が訪中し、習主席やプーチン大統領らと並んで軍事パレードを観閲したため、朴大統領の対中接近ぶりが内外で注目され、韓国はどこに向かうのかとの疑念や批判を呼んでいる。朴大統領はメディアから「大統領を終えるとき、どのような大統領であったと国民に記憶されたいか」と聞かれて、経済の再跳躍を果たした大統領、南北平和統一の基礎を作った大統領を目指したい旨語ったことがある。韓国は北朝鮮との関係を構築できないので地理的には「島」のような状況になり、これまで海洋国家として国の発展を図ってきた。今後は北朝鮮を動かすため中国の力をかりて新しい政策をとったり、国の発展を中国のある大陸において実現しようとの発想もありうる。
日韓関係について述べたい。日本人は韓国が反日だと思って否定的にとらえ、韓国と付き合う必要はないと思う人も多いが、それは感情論である。国際情勢を考えると、地理的に韓国が隣に存在するのは動かしがたい事実で、付き合わざるを得ない相手である。韓国の存在は大きくなってきているし、慰安婦問題を国際的に喧伝していることなどで日本への影響力も強くなっているので、日本では反韓・嫌韓感情が高まる傾向があるが、放っておいてすむ話ではない。経済や安全保障の観点もある。だから韓国の考え方や行動を知る必要がある。いまの韓国には「安倍はけしからん」との異様なほどの雰囲気がある。その当否はともかく、裏返せば日本に強い関心があるのである。世界の中で日本を一番好きなのは、実は韓国人である。村上春樹の本は世界で一番売れているが、韓国人は「ハルキ・ワールド」に日常的に憧れを抱き、韓国の作家の文体や手法にも大きな影響を与えている。フェリーの沈没事故などがあると、すぐ日本の安全対策が話題になる。韓国でも高齢化が急進行しているが、日本はどうしているかに関心が高まり、日本の健康食など食生活にも注目する。ビジネスでは利益が多いので中国を向くが、学ぼうという姿勢は中国にではなく、日本に向いているのである。日韓関係は悪くはないし、その展望も悪くはないのである。慰安婦問題が国際化されてしまったため何もしないのは得策ではなく、自分は、人道的観点や女性の尊厳の問題という見地から、例えば女性の人権保護のための国際的基金の創設を提案するとか、何らかの手を打つことが大事だと考える。その際には韓国が要求する日本の法的責任の追及などは取り下げてもらうべきだ。何もしないのは国際的にまずい。外交当局間で話し合いが進むことを期待したい。
 
(質疑応答)
Q:請求権問題は日韓政府間で解決済みと合意したのに、韓国は何故蒸し返すのか。
A:韓国国内の状況が変わったことがある。90年代以降の民主化によって韓国社会での国家の権威が非常に後退してきた。女性団体などNGOの影響力が強まり、「国家より個人」という革命的な考えが強まっている。その雰囲気に押されて裁判所の判決も影響を受け、政府もそれに抵抗できなくなっている。日本政府は「韓国はゴールポストを動かしてしまう」と批判しているが、韓国社会ではそのような動きを是としてしまう、国民の情緒が支配している。日本大使館前の慰安婦像設置も違法だが、当局はそれを撤去できないし、しようともしない。法律は国民の情緒より下位にあるような状況だ。
Q:最近の韓国外交の「大陸志向」について、かつて中国に朝貢外交をしていた韓国のDNAが、近年中国の力が強まったことによって「先祖帰り」になったのか。韓国の動きに対しては、慰安婦問題も含め騒ぎ立てない姿勢(benign neglect)がいいのではないか。
A:昔から韓国の事大主義には批判があるが、韓国人は我々は昔の韓国ではないと反論している。朝貢外交は李氏朝鮮時代にはあったが、高句麗は中国と戦ったこともあり「他DNA」もあるとの議論も聞かれる。「騒ぎ立てない勢」をとっても韓国に引き込まれて対応せざるを得ない状況になることもあり、放っておけないこともある。
Q:南北統一に中国の力を借りるとの考えに実現性はあるか。
A:北朝鮮は何を考えているかわからないところがある。中国が統一に賛成か反対かも明確ではない。統一された朝鮮半島が中国に無害であればいいのであろうが、そうなるかどうかはわからない。南北首脳会談の実現はありうる。
Q:日本のマスコミは韓国について問題点をことさら強調する。韓国人は日本が好きだと書いたら売れなくなるのだろう。
A:メディアはもめごとがあった方が売れるのは確かだが、最近の日韓関係についてはネットでの反韓・嫌韓記事が圧倒的に多く、一般のマスコミは極端な反韓・嫌韓は見苦しいと考え、品格などの見地から、むしろそれを抑える傾向にある。
 
黒田さんの話に多くの人が興味を持ち質疑が相当時間を超過したほどだが、「とても面白かった」と好評で、講演後の懇親会も大いに盛り上がった。

安倍総理「戦後70年談話」に様々な見方

  • 2015.09.13 Sunday
  • 23:18
戦後70年 戦後70年2 戦後70年1

本年4月から始まった「戦後70年、『歴史認識』を考える」シリーズと題した第4回目の絆サロンは、9月7日に最終回を終えて、このシリーズの幕を閉じた。今回のテーマは、安倍総理談話の内容と海外の反応について考えるとの趣旨で、先ず、お二人のパネリストにご意見を表明していただき、それをもとに自由な意見交換をした。議事進行役は、杉山芙沙子氏(テニス・アカデミーの校長でスポーツを通じた人間教育の活動に従事)と私が努めた。
 
最初に、8月14日に行われた安倍総理の談話のポイントと海外の反応を私から説明した。これについては、私のホームページに掲載済みであるので詳しくはそれをご覧いただきたいが
http://www.judo-voj.com/Japanese/abedanwa.html)、とくに次の点を指摘した。
・20世紀の歴史の中で我が国が世界の情勢を見失い戦争の道を進んだとの発言は謙虚さを示し好印象を与える。
・「事変」「侵略」「戦争」に触れ、「植民地支配から永遠に決別」「先の大戦への深い悔悟」に言及したが、全体として、事実の叙述が多く、総理の気持ちが直接的に表明されてはいない。ただし、「歴代内閣の(反省やおわびの)立場は、今後も、揺るぎない」と明言したことで補っている。
・子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとの発言は正当ではあるが、現代の世代がそれをどのように達成していくべきかについては触れていない。
・海外の反応については、とくに中韓両国が抑制されたトーンを示したのは安倍総理の意図が功を奏したと思われる。とくに朴大統領が「歴代内閣のの立場が今後とも揺るがないとした点に注目している」旨述べている。
次いで、パネリストの大島春行氏(前NHK解説委員)が、安倍総理の基本的姿勢について、世の中が複雑化し連立方程式を解くことが必要な時代に足し算・引き算で答えを出していくスタイルで、わかりやすいが現実には弊害も生じると指摘。談話のニュアンスには、戦争に勝った者が正義であるとの考えはアンフェアだと言おうとしたり、西欧諸国の植民地体制が行き詰って戦争が起きたと言っているように感じられる、談話には主語がないことが多く、問題点への発想や政策手順が単純だとの趣旨を述べた。もう一人のパネリストの仙名玲子氏(主婦)は、戦争中は父親の仕事の関係で1939年から家族とともに奉天に住み、青島、北京を経て終戦に至り、日本に引き揚げた。多くの苦難があったが中国人にも助けられたそうだ。先に帰国していた母と姉を広島の原爆で亡くした体験や引き揚げ後は山口と福山を経て東京に移り住んだこと、高校時代にアメリカ留学の機会を得たことなどを具体的に話された。その後の仕事の経験などをもとに、戦争が起こるのは異文化理解の不足で摩擦が起きることも影響していると述べた。
また参考までに、この会には参加できなかったが、歴史問題について多くの著作や発信をしている京都産業大学世界問題研究所長の東郷和彦氏(2013年に当サロンで講演)が雑誌「月刊日本」9月号(34〜37ページ)に発表したインタビュー記事を私から紹介した。東郷氏は、安倍談話が「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」としたこと、事前に思われていたより踏み込んだ内容で日本の過去の行動について謙虚さを示したことなどを評価している。また、子や子孫に謝罪を続ける宿命を背負わさないとの点に関しては、「日本人が過去の歴史に真正面から向き合わなければならない」との総理の発言を対にして読むべきとし、安倍演説は1985年のドイツのワイツゼッカー大統領の演説に比肩する村山談話を継承するものとしてとらえるべきと思うと述べている(詳細は同誌記事参照)。
これらをもとに、会場の参加者も一緒になって意見交換を続けた。以下に主な意見をご紹介する。
・総理が西欧諸国を中心とした植民地化に触れつつ、日露戦争がアジアやアフリカの人々を勇気づけたと述べたことは看過できない。当時の大陸への侵攻や朝鮮半島政策も美化できない。
・総理談話発出前に訪中し、中国外務省関係者らと接触したが、安倍談話の内容がどうなるかを非常に心配していたことを強く感じた。それからすると実際の談話は内容的に抑制されたもので、ホッとした。総理はいろいろな方面に配慮を見せたのだろうが、総理が何を考えているかが必ずしもよくわからなくなった。安倍政権成立時は外国にいたが、海外のメディアは安倍政権の好戦性を警戒していた。他方で、欧州諸国は武器輸出三原則や集団自衛権を行使しないとの日本の戦後の政策は理解できないでいる。安倍政権が戦後のどのような状況から出発して今の政策を進めようとしているのかについて誤解されないよう、よく説明していく必要がある。
・自分たちは先の大戦に関与はしていないが、同時に先輩たちが築いてきた戦後の良き蓄積の恩恵を享受してもいる。戦争に関与しなくても時代を引き継いでいるので、歴史を直視していくべきだ。ただ、安倍総理の言動には危うさを覚える。
・安倍総理談話は結局世界からあまり注目されなかったが、談話の片言隻句を論ずるよりもっと広い問題にも目を向けるべき。安保法制は重要なので十分議論すべきだ。
・談話が内容的に抑制されていたため近隣国からの反発がなかったわけで、その意味で注目されないことはむしろ良かったのではないか。
・安倍総理の政治スタイルが単純であるとの意見に同感。もっと複眼思考でいくべきだ。外務省の対中国、対韓、対北朝鮮政策は成功していない。総理は、きちんと方向を定めて戦争等で迷惑をかけた近隣国や東南アジアをもっと回るべきだ。
・中国全体を悪いと決めつけるべきではない。これからの中国には楽観的だ。草の根交流を強化すべき。
・歴史を反省し直視すべきといっても、我々は昭和や戦争の歴史を教えられてこなかった。歴史教育の強化が必要。おわびをいつまで続けるのか。客観的事実を知ったうえで、100年もたてば歴史的事実に謝罪はしないとの方針を宣明すればよいのでは。
・談話は誤りたくない総理に識者が影響を与えたようだ。隣国との困難な関係の現実の中で功利的に解決策を探ることも悪いことではない。その意味で談話はよくできている。
・総理は実際に談話で述べたこととは異なることを言いたかったのであろうが、各国、各方面から多数の注文が出てあのような結果になったのであろう。総理には学習になったのではないか。
・国が歴史教育を強化する必要があるとされているが実行されていない。若い人も含め自分たちはどうするかを考えるべきで、我々は自ら歴史を学び、子供たちにも教えていくことも重要だ。
 
最後に杉山芙沙子さんが、各自が歴史的事実を家族や孫などに伝えていく必要があることを述べて締めくくった。
この日の意見交換は、必ずしも結論をまとめようとするものではないが、多くの率直な意見が出て、それぞれ参考になったとの声が聞かれたのはよかった。懇親会でも最後まで対話が続いた。歴史認識を深めるべきだとの気持ちは皆に浸透しているようにみられた。「歴史認識」を考えるというシリーズで、参加者にとってさらにこの問題を考える機会が増したのであれば幸いである。

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