消費者の安全確保と消費者参画のより良い市民社会の形成

  • 2017.01.15 Sunday
  • 23:07

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久し振りに開いた絆サロン(12月12日)で、最近まで消費者庁長官を勤められ、現在同庁顧問の板東久美子さんに「消費者政策の最新動向」を語ってもらった。板東さんは、文部省に入省以来、秋田県副知事、内閣府男女共同参画局長、文部科学省生涯学習政策局長、高等教育局長、文部科学審議官など、文科省の内外で幅広い要職をこなした経験を持つ方だ。消費者に関連する問題は国民の生活に直接関係する幅広い領域にわたることは誰も知っているが、豊富なパワーポイント資料を用いての説明で、あらためて消費者行政の幅広さ、様々な利害を調整する難しさ、そして、消費者行政が消費者自身が参画すべき新しいステージに達していることなどを知ることが出来て、なるほどと思った。

主なポイントに触れてみたい。

 

消費者庁は、平成21年に、消費者問題にかかる行政を縦割りを避けて一元的・統一的に取り組む官庁として設立された。創立時の福田康夫総理は、施政方針演説において「生活者や消費者が主役となる社会」に向けたスタートの年であると述べられた。後年、板東さんが就任挨拶のため福田元総理を訪問された際、元総理は、個々の人間一人ひとりの国民の視点に立って行政を行うとの設立の目的を強調されたことが印象に残っているという。

消費者行政の様々な活動を紹介する中で、消費者被害・トラブルの実態と被害防止の取組み(架空請求の多発、アダルト情報サイトを含むデジタルコンテンツやネット販売にかかるトラブルの増加に伴う悪質業者規制、高齢者の見守りなど)、食の安全と消費者の合理的選択を支える食品表示制度の充実(機能性表示食品制度の創設、食品の産地表示などの課題への取組み、複数の食材から加工する加工食品の原料原産地表示の複雑さ)などが具体的に紹介された。様々な取り組みが行われているが、その過程で多くの課題があり、また消費者、生産者など異なる立場の人々の間の調整も複雑であることも理解できた。

板東さんは、消費者行政は悪質な業者の規制や消費者被害の防止を重点にした取組みを経て、今日、新しいステージに入っていると説く。安全・安心で豊かな消費生活と公正で持続可能な社会の実現には、事業者・消費者・行政の連携協働が重要だとしたうえで、とくに消費者については、消費者権利を正しく行使するために必要な知識と判断力を身につけるとともに、その責任を自覚し、社会を良くする行動力を持つ「消費者市民」になるべきことを強調した。すなわち、新しいステージでは、消費者自身が社会的関心を高め、必要な知識を習得し環境保全や人権の保護、地域振興にも配慮することによって、よりよい社会の実現に参画するべきことを強調された。行政は、事業者・消費者をはじめ多様な主体が方向性を合わせ、連携協働することにも注力することになる。

お話を聞いて、消費者問題の多岐にわたる内容や消費者の責任について認識が改まった。

 

質疑応答の時間では、主として以下の問題について意見が交わされた。

仝胸挫呂猟廟廚亡悗垢EU の制度に触れ、各国で差がある原産地表示制度ゆえに産地表示の国際スタンダード化が難しいこと

◆峺い消費者」のありかたに関し、健康表示を信頼して自己責任で食品を摂取して変調を起こしたような場合には、自身の問題に対処するだけでなく、第2、第3の被害拡大を防ぐためメーカーに訴えることも重要なこと、食品の安全に関しては、事業者、公的機関のホームページなどでデータベースが公開されているので活用すべきことなど

ビタミン、ミネラルなど栄養成分の機能性(健康増進効果)を米国のように企業の責任において表示することを認めるかどうかについては、過剰摂取につながる可能性など、種々の議論があり、国が定める栄養機能食品制度の表示内容の改定の中で検討することとなったこと

 

質疑応答後の懇親会では、会合に出席された原田義昭衆議院議員の音頭で乾杯をし、会場のあちこちで話の輪が広がった。講師の板東さんは、様々な参加者からの質問や意見に耳を傾け、対話に余念がなかった。忘年会を兼ねた本年最後のサロンも、温かい雰囲気の中で終えた。

 

本年1年を通じ、絆サロンに参加して下さった皆様に、感謝とお礼を申し上げます。

世界をつなぐ、日本の文化

  • 2016.07.01 Friday
  • 15:47

3か月ぶりの第43回絆サロンは新しい形式で行った。一般社団法人「鴻臚舎」との合同サロンである。鴻臚舎は文化の分野での国際交流を支援する組織として昨年11月に設立され、実は私がその代表理事を仰せつかっている。この組織には能、琵琶、日本舞踊などの関係者も多く、講演後は琵琶奏者として名高い須田誠舟日本琵琶楽協会理事長の勇壮な薩摩琵琶「川中島」の弾き語りが披露され、80名が参加した会場は盛り上がった。

講演は、「世界をつなぐ、日本の文化」というテーマで私がお話をした。日本の文化が世界中を惹きつけている実情をエピソードも交えて語り、日本文化の役割にも触れた。

以下は、その概要である。 

   

(講演要旨)

外交官40年の生活の中で7カ国に在勤し、出張も含め世界中を行脚して感じたのは、日本人は無意識のうちに文化によって世界の平和に貢献しているということである。日本文化の比類なき多様性と日本人の独特の感性が世界の心を魅了している。

比類なき多様性と斬新さは、古典芸能(歌舞伎、能、文楽などに見られる「かたち」、舞台様式、簡素・幽玄、心情表現等)、書画(絵巻、水墨画、浮世絵、かな書などに見られる独特の構図、視点、余白、流麗さ等)、文学(小説、随筆、俳句、短歌などに見られる情趣の豊かさ、余情等)、工芸(彫金、陶磁器、根付などに見られる緻密さ、ぬくもり、装飾性)、音楽(邦楽の多様さ、音階の独特さ等)、思考・行動様式(禅に見られる「般若」「不立文字」「色即是空」の概念、武士道の「死」への姿勢等)、茶道(「わび・さび」)、生花や盆栽(宇宙観を映す構成等)、庭園(自然との融合)、生活文化(スシ、和食などの食文化、マンガ、コスプレなどの若者文化)などなど、枚挙に暇がないほどである。とにかく、ジャンルが多岐・多彩であり、それぞれのジャンルの内容には欧米をはじめとした諸外国の文化にはない独自性・斬新性がある。それが世界の人々にインスピレーションを与えているのである。いくつかの例をスライドで鑑賞した。源氏物語絵巻の「吹抜屋台」の構図、水墨画として長谷川等伯の「松林図」の描かれない部分の意味あい、葛飾北斎の浮世絵に見られる大胆な構図、剣豪宮本武蔵の枯木鳴鵙図の余白や気迫、蓬莱切・高野切のかな書の美しさなど、その斬新性には目を見張らせるものがある。「また、古今和歌集」仮名序(紀貫之)の「やまとうた」についての記述とそれに関する高階秀爾先生の解説を紹介した。

日本に帰化した著名なドナルド・キーン氏は「日本人の美意識」という著書で、日本人の美意識を考えると浮かんでくるものとして、「暗示、または余情(俳句や和歌にみられる曖昧さ、能楽の暗示表現など)」「いびつさ、ないし不規則性(寺院建築、陶器、書、造園、徒然草の一説など)」「簡潔(茶の湯の例)」「ほろび易さ(徒然草の一節、桜に対する日本人の心情など)」の4つを示し、それぞれについて多数の例を挙げて説明しているが、(元)アメリカ人が観察した日本人論として、とても興味深い。

 

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源氏物語絵巻(吹抜屋台)    長谷川等伯(松林図)

 

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葛飾北斎(神奈川沖浪裏)    宮本武蔵(枯木鳴鵙図)高野切第二十巻「東歌)

 

私はこれまでに様々な国の様々な人々から日本の文化を称賛する声々を聞き、また日本文化が海外に与えた大きな影響を見てきた。例えば、戦争後のイラクに出張するたびに現地の首相はじめ経済界の多くの人たちから、日本の企業に是非イラクの復興支援に協力してほしいと懇願された。その理由は、日本の技術力、日本人ビジネスマンの誠実さ、責任感、謙虚さ、納期などの約束を守る姿勢などである。ロシア人やアフガニスタン人の大多数が日本文化に強い関心を持っており、とても親日的である。反日感情が強く喧伝される中国や韓国でも、実際には非常に多くの人が日本の文化が好きで親日的だ。デンマークのような小さな国の地方に行っても、日本の武道や俳句や盆栽、日本庭園に親しんでいる多くの人々に出遭って驚いたことがある。柔道については、アフリカの貧しい小さな国でも粗末な環境の中で嘉納治五郎師範の教える柔道を真剣に学んでいる人々がいた。文化大国と言えるフランスでは19世紀後半から「ジャポニスム」が風靡して、印象派の画家に多大な影響を与えたし、また、日本の懐石料理がフランス料理の革新を生んだ事実もある。カラオケ、スシ、コスプレなどは世界中を席巻し、村上春樹の小説が世界中で人気を博し翻訳されて読まれている。

要するに、他国にない日本文化の多様な斬新性が世界中の人々の心に新鮮なインスピレーションを与えているのである。この素晴らしい日本文化の価値をどう世界に役立てるかを考えることも重要である。これまで、日本文化が自然な形で世界に浸透してきたが、さらに自ら発信する努力が必要である。日本政府の文化関係予算は主要なヨーロッパ諸国や中国、韓国政府の予算に比べて著しく低い。私はかねてより、「ODA 予算」を発展的に解消させて、新たに日本の強みである途上国への開発援助、文化交流、科学技術移転、そして人的交流費用を包摂する「国際協力費(仮称)」を創設し、GDP 0.5%程度を充てるべきであると主張している。防衛費の半分であるが必要なもので、国家の戦略として考えるべきである。しかし、巨額の財政赤字のもとでは聞いてもらえない。

政府とは別に民間レベルでの文化交流を強化することも重要である。私は、柔道、高校生の世界的な交換留学推進、アジアの元日本留学生組織と日本との連携を図る組織の役員の仕事などを通じて、国際交流にささやかながら努力しているが、最近「鴻臚舎」の仕事も始まった。「鴻臚舎」は金春流能の能楽師櫻間右陣先生が推進している能の海外公演を支援するとともに来年はカンボジアの素晴らしい伝統舞踊団を日本に招聘すべく取り組んでいる。昨年は韓国との国交正常化50周年事業で日本の能と韓国の伝統舞踊の共同公演を行い、本年はイタリアとの国交150周年、アイスランドとの国交60周年の記念の能公演をお手伝いする。来年は、デンマークとの150周年、アイルランドとの60周年の記念行事に参画する予定である。海外公演への同行ツアーなどもあり、御関心のある方は「鴻臚舎」にもご参加を願いたい。

混沌とする世界:国連の可能性、限界、改革

  • 2016.03.31 Thursday
  • 17:37
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シリアを巡る地域紛争、難民、テロ、核開発、中国の軍事的台頭などなど。最近の世界はますます混沌として、有効な解決策が見つからない状態に不安感が増している。世界の平和と安全に主要な責任を有する国連はどうしているのか。そんな問題意識のもとに、第42回「絆サロン」(3月22日)では国連の事情に詳しい大島賢三さんに語ってもらった。元外交官で、国連事務次長、日本の国連大使(常駐代表)を勤められた大島さんほど高いレベルで幅広く国連の実務を担った人は我が国ではいない。
大島元大使の包括的で懇切な説明のお蔭で、国連の役割や限界、改革の難しさ、日本の目指すべき方向などが良くわかった。以下はその概要である。
 
(講演要旨)
最近の国際情勢は流動化してきたが、その背景にはパワーバランスの変化(米国の相対的地位の低下、中国の台頭、ロシアの復権など)、危機の増大(中東情勢の複合危機、イスラム過激主義等)、さらには解決の難しいグル―バル課題(気候変動、核拡散、テロ、難民、格差拡大など)がある。我が国は、中国、朝鮮半島などに絡む安全保障環境の変化に加え、国際的地位の低下に悩む。我が国にとって重要な中国は、共産党独裁体制を維持して中華帝国復活の夢をもって中華経済圏の確立、経済力・軍事力増強、海軍大国への道などに向かって着実に政策を進め、力づくで既成事実を作ろうとしている。中国は既存の国際秩序に挑戦するのだろうか。中国は四半世紀以上前からほぼ毎年10%以上の伸びで国防予算を増強してきた。
 
戦後70年間、国際政治組織としての国連と国際経済金融組織としての「ブレトン・ウッズ体制」が世界の秩序を担ってきたが、国連の役割と限界を見てみよう。国連は193カ国が加盟する唯一の普遍的な国際機関で、28の関連機関をもち、4万人以上のスタッフを擁する。その主要な任務は、国際の平和と安全の維持、経済社会開発、人道・人権、文化、環境、基本的自由などの分野に及んでいる。国連は主権国家の集合体であって世界政府ではないが、その存在意義には、国際社会の現実を映し出す鏡(不完全であっても不可欠な「国際公共財」)、国際世論・国際合意形成の場(総会決議、国連主導の国際協定等)、加盟国の行動に対する合法性や正当性の付与(安保理決議)、加盟国の国益と国際公益の調和を図る場などがある。制度疲労や限界もあるが役割を果たしている分野も少なくない。例えば、最近の世界の問題に対して、国連は次のような役割を果たしてきた。
・中東の複合危機→特別代表による仲介、難民等人道危機への支援
・欧州の難民危機→大量難民を抱えるシリア周辺諸国への支援
・国際テロ→総会決議、安保理決議による対応
・地域紛争・内戦→PKO派遣、平和構築支援
・経済格差・貧富の差の拡大→MDG/SDGなど開発戦略の策定
・地球温暖化→COP21(パリ協定)、ISDR(国際防災戦略)
・大量破壊兵器の拡散→核不拡散条約(NPT)、軍縮会議等
・北朝鮮の核・ミサイル開発→安保理制裁決議
・中国の覇権主義的動き、海洋進出(南シナ海、東シナ海)→?
 
国連のこうした活動に対しては、世界を巻き込む大戦争を防いできたことや国連の機関や個人が計18回のノーベル平和賞を受賞したことなどへの評価もあるが、安保理の機能不全や拒否権の存在への批判もある。しかし、過度の礼賛も無用論も避けるべきで、国連を活用できるところを活用し、現実的見地から強化・改革を図る必要がある。
こうした状況の中で安保理の改革が進められている。安保理は拒否権や様々な特権を持つ常任理事国5か国とそうでない非常任理事国10か国で構成される「格差社会」である。しかも、中東和平、ウクライナ問題、シリア紛争、南シナ海、北朝鮮やイランの核開発の諸問題などのいずれにおいても、いずれかの常任理事国の重要な国益が関わっているため拒否権が行使されるなどして、十分機能しない。安保理を改革する議論や試みは1990年代以降、何度か繰り返されてきた。国連憲章改正には総会の3分の2以上の加盟国による発議と批准が必要だが、常任理事国の拒否権という高いハードルがあるので成就していない。最近では2000年代の半ばに当時のアナン事務総長が「安保理改革なくして国連改革なし」と主張し、改革への大きな運動がおこった。改革の方向性は代表性の改善(=メンバーシップの拡大)、作業方法の改善、拒否権の扱い、効率性の維持などであった。当時自分(大島氏)は日本の常駐代表をしていたが、安保理メンバーシップの拡大のために日本とドイツ、インド、ブラジルの4か国(G4)が結束して安保入りを目指して世界的に改革運動を展開した。かなり進展があったが、結局挫折した。常任理事国は一致して拒否権にタッチすることに絶対「No」の態度を貫いた。日本の常任理事国入りについては、米、英、仏の常任理事国や世界の多数の国が支持をしてくれた。G4各国の常任理事国入りについては、ドイツに対してはイタリヤ、インドに対してはパキスタン、ブラジルに対してはアルゼンチンなど、当該国と同じ地域に属する近隣国が強く反対した。日本に対しては、中国や韓国が徹底的に反対した。大票田であるアフリカも大多数が日本支持だったが、「アフリカ連合」としてまとまりきれなかったなどの事情もある。
不成功に終わった2005年の安保理改革への努力はその後も続けられているが、その後妥協案もが浮上している。打開策はあるのか。それは、「準常任理事国」ともいうべき新タイプのカテゴリーを設け、これらの国の任期を長期にして再選可能にする案で、常任理事国の数を増やす「モデルA」案に比べ「モデルB」と呼ばれる。常任理事国を「ファーストクラス」とすればモデルBは「ビジネスクラス」を設けることではあるが、モデルAの実現性が乏しい中で検討に値する。
日本は近年財政や経済事情のため、国連通常予算分担率も下がり、かつて世界一だったODA(政府開発援助)実績額も世界5位になっているが、国連においては平和分野での積極的イニシアティブ、開発・人道分野での貢献、新しい課題を設定し取り組む先進国として各国から高く評価されている。発信力を強化して、安保理改革に取り組み、国連への一層の貢献を目指していくべきである。
 
(質疑応答要旨)
Q:モデルAとモデルB、また、中国による日本への反対についてさらに説明してほしい。
A:新しい常任理事国を増やすとしたら拒否権をどうするかが問題になる。多くの国が拒否権をなくせというなかで拒否権付きの新しい常任理事国創設には反対が多い。妥協案として、新しい常任理事国が15年間拒否権を行使しないとの妥協案もある。インドは拒否権付きの地位を主張しているが、モデルBでは「ビジネスクラス」に座る国に拒否権は与えられない。各国の思惑が強く、なかなか合意が難しい。中国は常任理事国の地位を絶対守りたいし、同じ地位を日本に与えたくないのである。背景には、戦争で日本から多大な犠牲を強いられたので加害者である日本が常任理事国になるのに反対する感情があるのだろう。日本が常任理事国ではない何らかの地位に就くのであれば妥協の余地があるのかもしれないが、よくわからない。
Q:長い間PKOが行われているが、あまり改革が見られない背景は。
APKO活動は国連憲章に明記されてはいない重要な国連の活動であるが、いくつか問題があるのも事実である。パキスタン、バングラデシュ、インドなど途上国が数千人単位で多くの兵士をPKOに派遣している。国連による兵士への手当ても途上国の水準では悪くないこともあるが、派遣された兵士がセクハラなどの問題を起こす例もある。先進国からの兵士派遣数はあまり多くない。本来、紛争地で当事者間に停戦合意があり、その遵守を維持・監視する役割があるが、近年は紛争が終了しきれない状態のところにも派遣せざるを得ない場合も多く、犠牲者が出る危険な任務である。日本については、派遣人員数は少ないが財政的には大きな貢献をしている。ただ、武器使用について、これまで自分の身を護る場合にのみ使用を許されるが、任務遂行のために武器使用が認められる国連の常識と乖離している問題もある。改革が議論されてはいるが、派遣国の利害調整の問題や厳しい条件を課すと派遣する国が減ったりするので、改革はまだ大きな進展はない。
Q:韓国が国連の人権委員会などで従軍慰安婦の問題をとりあげた。国連で日本批判をする市民団体の状況はどうか。
A:詳細は不明であるが、中国などの団体でそのようなことをすることがあっても驚くべきことではない。国際社会で日本を貶めようとする団体は材料があれば何でもやる。日本はそういう行動にもっと発信力を高めて対応する必要がある。
 

「ハワイのことがとてもよくわかった!」

  • 2016.03.27 Sunday
  • 17:09
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3月7日から14日まで、絆郷はハワイに海外特別企画旅行を実施した。総勢15人。昨年1月のカンボジアに続く第6回目の旅である。ハワイ在住2年半とその後何度も訪ねている私にとっても、ハワイに行くときはいつもウキウキとする、「憧れのハワイ航路」である。
今回の旅行は、主要テーマとして「日系人」「ハワイの自然」「ハワイの人々との交流」「ハワイの歴史・地理」などを念頭にして日程を作成した。参加した方々が、「楽しかった」「ハワイのことがとてもよくわかった!」と言ってくれたことは、主催者として大きな喜びである。現地で協力してくれた私の多くの友人の皆さまにも感謝したい。明治初期から始まる日本人移民の歴史展示館、日本の真珠湾攻撃の実写記録映画、ジョージ・アリヨシ元州知事のしみじみとした経験談、三澤総領事による最近の日本とハワイの関係の説明、ハワイの地理や歴史を立体的に見せるビショップ博物館、真っ青な海を見ながらの昼食やハイキング、ハワイ在住日本人との懇親会、ハワイ先住民組織幹部によるハワイ王朝廟の案内などが、ハワイのことを具体的に知るうえで役に立ったのではないかと思われる。ハワイには様々の面で日本と強い関係があることもあらためて感じられた。
以下は私の主観もまじえたそのハイライトである。
 
日本人移民の苦難の歴史、日系人のハワイ社会への貢献
ホノルルにあるハワイ日本文化センターには当時の移民が使った生活用品や写真が展示されているので、当時の日本人の生活やその子孫である日系人の歴史が具体的によくわかる。日本人ボランティアの懇切な説明がそれに一層現実感を与えてくれた。明治元年に始まる移民はサトウキビ畑で過酷な労働を強いられる。1885年から日本・ハワイ両政府の合意に基づく移民が増加し、1920年代には日本人・日系人がハワイの人口の4割近くを占めるまでになった。幾多の苦難に遭遇した日本人は子孫の教育を重視し、やがて次第に日系人がハワイ社会で重要な役割を果たすようになる。彼らは、日々の生活の中で誠実さや忍耐などの日本の伝統的価値観を守りそれを実行していったが、そうした価値観はハワイ社会にも浸透するようになった。例えば、長く知事を務めたジョージ・アリヨシさんは、「おかげさまで」という言葉をよく用いたが、人に感謝する気持ちや謙虚な姿勢がハワイ社会の日系人以外の他の人々にも浸透していった。我々の夕食会に夫妻で参加してくれたアリヨシ知事は、移民1世のお父さんに教えられたことを守って誠実に忍耐強く人のために尽くそうと頑張ってきた人生を静かに語ってくれたが、その語り口に日系人の果たした役割を実感することができた。
 
興味深いハワイ諸島形成の歴史
ビショップ博物館はハワイの歴史、地理、地勢などを解かりやすく立体的に展示している。特に興味深いのは、火山活動で形成されたハワイ諸島の生い立ちや今でも少しずつに西北方向に移動している事実などである。長い時系列をジオ・パノラマ風に示していてわかりやすい。これからも噴火などで新しい島ができるとも説明されている。南太平洋から渡ってきたハワイ先住民の航路や太平洋のポリネシア諸島の文化やハワイ王朝の形成と転覆の歴史も興味深い。ここでは、この道何十年の旧知の浅沼さんがどんな質問にも懇切丁寧に解説してくれた。ビショップ・ミュージアムはハワイを知るうえで必見の場所である。
 
凄まじかった日本の真珠湾攻撃とハワイ日系人への甚大な影響
真珠湾に浮かぶアリゾナ・メモリアルは、日本の真珠湾攻撃によって沈められた戦艦アリゾナ号の上に作られた記念館である。艦内には多数の兵士がそのまま眠っている。当初は記念館に行って花を手向ける予定だったが、折からの強風で船が出なかった。それでも陸地側の施設では、日本軍攻撃時の実写フイルムが上映され、また当時のハワイやアメリカの状況が詳しく展示されているので、時間をかけてみることができた。とくに実写フイルムは日本ではなかなか見られないもので、攻撃の凄まじさを実感することができる。近くに展示された多くの写真もハワイや全米に与えた影響の大きさを物語る。ハワイ日本文化センタ―で見た日系人の歴史の展示やアリヨシさんの回顧談なども併せてみると、真珠湾攻撃が日系人に与えた苦痛や甚大な影響を理解できる。当時の日系人はアメリカ市民であっても「敵国人」と見做されてキャンプに収容された。他方、若い日系人がアメリカへの忠誠を示すため志願兵となって、ヨーロッパ戦線に投入された。多数の犠牲者が出たが勇猛に戦い軍事的な功績をあげ、日系人への敬意の念を取り戻した事実もわかる。
真珠湾攻撃によって開始された日米戦争。その無謀さとアメリカや日系人社会に与えた影響の大きさなどは、やはり現地に行ってみないと感じられない。昨年は戦後70年だったが、三澤総領事によると、戦後続いていた真珠湾攻撃に対する厳しい日本への感情は、近年の日米関係の緊密化の中で少しずつ変わっているようだ。
 
自然の雄大さ、開放性、自然と人の心、ハワイに住みつく日本人
ハワイは何と言っても自然が素晴らしい。Big Islandと呼ばれるハワイ島一周遊覧ではキラウエアのハレマウマウ火口を見たほか、ブラックサンドビーチで砂の上にうずくまる海亀に出逢った。オアフ島巡りでは素晴らしい海や壮大な山の景色を楽しんだ。オプショナルツアーでココヘッドのハイキングに参加した人たちは、高いところから見る信じられないほど碧い海の色合いの多様さに感嘆した。
ハワイの風は心地よいし、すべてが開放的だ。真っ青な海を見ながらワイキキのハレクラニ・ホテルでの昼食。レストランには窓やドアがないので風が心地よく吹き抜ける。小鳥も中に入り込んできて、自然と人とが融和しているような雰囲気だ。温かい風が人々の心の中を通うような気さえする。実際、ハワイの人々の心は開かれていて、誰にも優しく親切だ。「アローハ」という呼びかけに象徴されている。
ハワイ州の人口構成は白人系は24%ぐらいで、あとは日系人、フィリピン系、ハワイアン系、中国系、韓国系など。多数の民族が混じり合い、総じて仲良く融和的に暮らしている。ハワイ島でがガイドをしてくれた日本人男性は、以前はアメリカ本土に住んでいたが、ハワイのコナに来てからずっとそこに住みついたという。村の人々がとても優しく助けてくれるし、生活のテンポが実に穏やかだからという。ホノルルのヨットハーバーのレストランを借り切って現地在住の日本人を中心とするハワイシニアライフ協会の方々と懇親会をした。大部分の人がもう何十年の単位で住んでいるのは、自然や人々が優しいことが理由のようだ。かなりの高齢者でもとても若々しく見える。やっぱりハワイはいいらしい。もっとも、そのうちの一人は、永住しようと思っていたが最後は日本に帰ろうかと思うと述べていたが。
 
ハワイ王朝の悲劇の歴史
日本にいると知る機会は少ないが、ハワイには悲劇的な王朝の歴史がある。1795年にハワイ王朝建国を宣言したカメハメハ大王は1810年にハワイ諸島を統一し、その後ハワイ王朝が100年近く続いた。1881年にはカラカウア大王が日本に来て明治天皇に謁見し、日本とハワイの連邦化を提案した歴史もある。しかし、1893年に王朝は転覆されて滅亡し、その後ハワイは合衆国に併合された(1993年、合衆国議会は上下両院合同決議で併合の過程が違法であったことを認め謝罪した)。今回の旅行では、ハワイ王朝の流れを汲む組織の幹部で私のかねての親しい友人の案内で、ハワイ王朝廟を訪問した。王たちの墓の前で真摯に祈りを詠唱するこの友人のハワイ王朝への強い愛着や復権への気持ちを感じた。ハワイへの旅行者がほとんど行くことのない王朝廟訪問で、王朝の歴史に思いを馳せた。
 
ホノルルの美術館巡り
 米国タバコ会社大手「キャメル」の創始者の一人娘、ドリス・デュークの冬の別荘、シャングリアの見学も今回の旅行の目玉の一つであった。2頭のラクダの彫刻の奥にシンプルな入り口。中はイスラムアートの宝庫。ハワイ在住の日本人学芸員のご案内で、ドリスの質の高い収集品と、こだわりの空間を思う存分堪能した。またオプショナルツアーでは、タンタラスの丘の展望台からのダイアモンドヘッドとホノルルのダウンタウンを眺め、現代美術館スポルディングハウスの庭の散策、そして、ホノルルミュージアムを見学した。ホノルル美術館はアジア諸国の美術品が多く興味深かった。ジェームスミッチェナーの浮世絵コレクションは米国内でも最も優れたコレクションの一つで、日本で見られない広重の貴重な作品は、保存状態も良く、目を引いた。また、日本に長く住んでいたフランス人、ポール ジャクレーの版画の展覧会も興味深かった。
 
意外に多様なハワイの側面
今回の旅行に参加してくれた人たちは、通常の観光ではわからない様々のことが分かったと言ってくれた。でも、ハワイはまだたくさんの「顔」を持っている。自然や人間が素晴らしいが、太平洋の真ん中に位置するハワイは人々の知的交流の拠点としての役割も果たしている。1年を通じて米本土やアジア太平洋地域から多くの学者や研究者が行き交い、ハワイの研究機関やシンクタンクとの間でシンポジウムや共同研究を続けている。また、ここには米国最大規模の太平洋軍司令部があって、アメリカ西海岸からインド洋にかけた広大な地域の安全保障を担っている。日米同盟に基づく自衛隊との関係も緊密であり、日本の安全保障にとって死活的に重要な場所でもある。日系人や在住日本人たちのお蔭で、日本の存在感は大きい。島によって異なる大自然は多岐多様で面白い。
ハワイは何度行っても楽しいし、何度も行く価値のあるところである。
 

成長する次世代リーダーたち

  • 2016.02.05 Friday
  • 21:27
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 本年最初の絆サロンは、次代を担うべき高校生のリーダーたちに焦点を当てた。混沌とする国際情勢や構造的諸問題を抱える日本社会のなかで、多くの人びとが日本の将来はどうなるのだろうかと案じ、若い人たちに期待をかけながら同時に一抹の不安を感じているのではないかと思われるからだ。講師に「日本の次世代リーダー養成塾」を運営している加藤暁子さんをお招きした。加藤さんは、約20年間毎日新聞の記者を務めたのち、物事を人に伝える仕事から教育という分野に転じた。若者のリーダー育成に情熱を傾け、12年前に「日本の次世代リーダー養成塾」を立ち上げ、連日国内外を飛び回る、とにかく凄いエネルギーを持った人だ。
 加藤さんの行動の原点には、記者時代にタイや香港で数年時間を過ごしたアジアがあるようで、日本の高校生とアジアを中心とする外国の若者を共同生活させる手法を用いている。アジア諸国には、英語などが堪能で国際感覚も備え自分の考えを明確に表現できる若者が非常に多いので、内向き傾向の強い日本の若者を一緒に鍛えるのはとても良い方法である。日本の高校生がアジアの若者から大いに刺激されて鍛えられ、アジアの若者も日本の良さを知るようになり、双方向の効果があるようだ。実際、塾での生活を通じて日本に対する見方を変える近隣国の生徒も少なくないようだ。
加藤さんは、毎年夏の2週間開いている高校生のための「日本の次世代リーダー塾」の概要(詳しくはhttp://leaderjuku.jp/ をご覧いただきたい)とその効果について熱弁を奮ってくれた。日本全国から170名の高校生を募集選抜し、アジアの7カ国から日本語のできる20名の高校生を選抜して招待する。内外の著名な指導者や日本企業の幹部などを講師として招く。親交を結んでいるマレーシアのマハティール元首相も毎回講師として駆けつけてくれるという。福岡市での2週間の合宿では、日本とアジアの若者が寝食を共にして日本語であるいは英語で熱い議論をして親しくなる。一流講師の話を聞き、企業の精鋭幹部がクラスの担任になって若者と今後の人生について語り合う。講義後にはグループディスカッションで議論を深め、「アジア・ハイスクールサミット」ではアジアの未来について様々なアイディアを出し合うそうだ。アジアの若者同士が意気投合して「アジア学園を創ろう」などという提案もあるという。日本の高校生は、アジアの生徒の流暢な英語や日本語に驚き刺激を受ける。モンゴルの生徒が「世のため人のために働きたい」というのを聞いて自分も発奮する。2週間の合宿で、日本の高校生は見方や考え方が凄く変わるそうだ。議論を闘わすことにも慣れてくる。自分も世界に出ていきたい、アジアのために頑張りたいと思うようになる生徒も出てくる。この塾を卒業した日本の高校生の進学先や就職先は多岐にわたり、海外留学や世界と関わりのある仕事に就く者も多いそうだ。
 加藤さんは、こうした経験を通じて興味深い教育論を展開してくれた。合宿中は生徒の携帯を預かって使わせない。「可愛い子には旅をさせろ」だから、親が心配していろいろ言ってきても受け付けない方針の由である。よく日本の若者はひ弱だと言われ、実際にも若い官僚や記者にはひ弱な人も多くなっている。緊張して過呼吸になる者もいる。すぐ会社を辞めたいと思ったりする。しかし、子供の気持ちに安易に合わせるべきではない。ひ弱になるのは、親など大人が甘やかしているからである。子供たちは「まっさら」で様々な影響を受けやすい。2週間の合宿でもかなり鍛えられ、生き甲斐や将来の夢を語るようにもなる。単純な平等論だけでなく「リーダーになろう」という気概を持たせ、リーダーを育成するのも有益である。親の言うとおりにする子供を育てるのではなく、子供のやりたいことを親が聞いて励ますことが重要である、先のことを考えたり構想するように教えることも必要だ。2週間の合宿生活を終えてまず、学校や地元のコミュニティで人を助けたり、ボランティアをする気持ちを持たせることも大事だ、などなど。
 講演のあと、時間を超えて質疑応答が続いた。応答のいくつかを拾ってまとめてみた。
―里忙臆辰靴深堝瓜里国を超えてコミュニティをつくっている。人脈として将来の活動に大いに役立つ。塾の事務局にも多くの卒塾生から便りが来て、効果が感じられる。
⊇里鳳募する生徒には目標を持っているものが多い。2週間で大きく変わる子供が多いが、やる気の有無が重要な要素である。他方、今の若者は我慢に欠けるところもあり、あえて「雑巾がけ」的なこともさせている。気配りやボランティア精神の重要性も教えている。朝7時に掃除をさせる。8時に自分の思ったことを1200字ぐらいで書かせてもいる。手紙の書き方も学んでもらう。
B棺寮犬魍こ阿卜更圓気擦燭蝓⊇寮犬粒こ宛修も手がけていきたい。
こ惺史問をして良い生徒を発掘したい。応募者の選抜では面接を重視している。将来の夢に関する作文も重要な要素である。
ゴ覿箸篌治体の協力もいただいている。各界で活躍する講師にはロールモデルになれる人も多い。
Α淵▲瓮螢留学予定の高校生から、価値観の違う人との付き合い方について質問があり)異質なものにどう対応していいかわからない子供も多い。当塾ではアジアの生徒と一緒に合宿することで効果がある。討論で自分の言いたいことをどんどん主張することより、人の話をよく聞いて異なる意見を調整しまとめる姿勢が大事だ。これは日本的な特色でもある。海外に行って日本人だけで固まらないように。ファーストネームで呼び合える友人を多くつくることに努めてほしい。多くの国の人と人間的な心と心の関係を築くように努力してほしい。
 
 以上が1月29日のサロンの概要だが、明確な考えや姿勢で若者を育成する情熱も素晴らしいが、それを実行するため多くの識者や企業や自治体を走り回って協力を得たり、資金を確保する加藤さんの行動力にあらためて感銘を受けた。多くの若い次世代リーダーが育ってもらいたい。

絆サロン、楽しい雰囲気で「納会」

  • 2015.12.08 Tuesday
  • 07:48
 納会1 納会2 納会3

今年も早や師走に入った12月1日、絆サロンが納会を行った。本年も8回のサロンが開かれたが、その締めくくりである。いつものような講演会形式ではなく、お招きした4名のゲストがめいめい短時間のお話をして話題を提供してくれた。あとはゲストを囲んでワイワイガヤガヤの懇親会となった。
ゲストのトップバッターはマラソンの有森裕子さん。私が有森さんに初めてお会いしたのは、有森さんが主催しているカンボジアでのアンコールワット国際ハーフマラソンに参加した時で、2000年の12月のことである。この大会は地雷の犠牲者支援の一環として毎年行われているチャリティー大会である。私はカンボジア在勤中、毎回この大会に参加したが、それを通じて、私は有森さんが、いかに真摯な気持ちで犠牲者や家族に寄り添い、また、長い内戦を経験したカンボジアの人々にスポーツをする楽しさを味わってもらおうと、情熱を持って取り組んでいることを知り、強い感銘を受けた。実は私は、赴任の翌日に参加した最初のマラソンではからずもゴール寸前で脱水症状のため筋肉痙攣が起き脱落してしまったが、有森さんは私が隠していたこの事実を皆の前で暴露してしまった。ともあれ、有森さんは、現在もアンコールワット・チャリティ・マラソンのほか、日本スペシャル・オリンピックス理事長なども務め、障害を持つ人々の自立支援や震災の被災地の子供たちの支援活動にも携わっている。有森さん御自身も、スポーツを通じた障害者と健常者の共生共存を図ろうとしていることを話してくれたが、長い期間にわたり揺るぎない活動をするこの人の姿勢に私だけでなく会場の皆さんも尊敬の念を強めたようだ。
次に登壇をお願いしたのが、民主党若手国会議員の緒方林太郎代議士。緒方氏は、外務省を退職して政治の世界に入ったが、その動機は「国民本位の政治を取り戻したいから」だそうだ。最初の当選後、落選経験もされているが、とかく毎日の議員稼業には大変な苦労がある。外交官として活躍していたのを思い切りよくやめたのは大変な決断だと思うが、緒方氏としては、日本の平和と安全にかかわるために議員活動を続けておられるそうで、なるほどそれは外交官、政治家に共通の目標なのだと納得できた。自民党主導による最近の安保法制の成立に関して緒方氏は、法の内容について理解できるところと疑念を感じるところの双方があると率直に指摘。是々非々主義で行動されているようだ。
ゲスト3番手は女子柔道界の草分けでオリンピック・メダリストの山口香さん。筑波大学准教授、日本オリンピック委員会理事、コナガの社外取締役など、多方面で活躍されている山口先生の話は、いつも刺激的で面白い。東京オリンピック・パラリンピックはそれが決まってから国内は相当盛上ったが、最近は競技場の設計変更やエンブレム問題などで「盛り下がってきた」、これからもまた何か問題が出てくる可能性があると指摘したうえで、東京オリンピック・パラリンピックは日本を変える好機であると強調された。つまり、古いもので今日の状況に合わないものを捨てて大掃除する機会でもある、海外に窓を開き大勢の人を迎え入れて「おもてなし」を発揮するにも多くの改善や緊張が必要になろう、これからの10年、100年をどう見据えていくか、そのために何をしたらいいか、他者や制度を批判するだけでなく、自分は何を変えようか、何をしようかと考えることが重要だと問題提起。なるほど。
最後の登壇者は原田義昭衆議院議員である。文部科学副大臣、衆議院外務委員長、同財政金融委員長等を歴任した当選7回の自民党ベテラン議員(福岡第5区)。外交活動にも熱心で、先般来尖閣諸島が日本領となっている中国側発行の古い地図を発掘し中国側に提起したことを説明してくれた。また、ロシアや中国についても論評し、さらには、「一億総活躍社会」、「新三本の矢」など安倍政権の政策課題やその意義なども解説された。聴く者にとっては、緒方議員の話と合わせて政治家の日常的な活動を身近に感じられたように思われる。
 
サロン参加者はそれぞれゲストを囲んで質疑応答を続けたり、あるいは知人同士で話に花を咲かせたりで、対話を楽しんだ。霞が関ビル35階の会場からは、東京タワー、虎の門、新橋、さらには東京湾の夜景が見える。
例年よりやや参加者が少なかったが、親密で楽しい雰囲気で話がいつまでも続いた。

在韓32年の薀蓄(うんちく)と慧眼(けいがん)

  • 2015.10.21 Wednesday
  • 16:45
 
黒田1  黒田2  黒田3
いよいよ安倍首相と朴大統領の初の首脳会談が視野に入ってきた。ちょうどそんなタイミングで、10月15日、在韓32年のジャーナリストで作家でもある黒田勝弘さんが、「韓国と付き合う法」を語ってくれた。とても面白く示唆に富むのは、嫌韓・反韓の日本の空気の中では見えない視点を多く提示してくれたからだ。いつもながらのわかりやすい言葉で、この人の在韓32年の薀蓄と慧眼が遺憾なく発揮された感がする。
 
(講演要旨)
自分(黒田)が韓国に長く住むことになったのは、共同通信のソウル支局長の仕事が終わり帰国したとき、産経新聞社から、ソウルに好きなだけいていいからと言われて誘われたからでもある。「よく韓国にこんなに長く住んでいられるね」「何が面白いのか」と聞かれることが多いが、韓国での日常生活は非常に面白い、毎日が実に刺激的で飽きないからであると答えている。つまり、ジャーナリストとしてもネタが尽きないのだ。日本と韓国は似ているようで似ていないところが多い。例えば、箸やスプーンを食卓に置くときの方向が日本と違う。あれっと気付く、そんな意外感や異同感がとても興味深いのである。韓国人は、初代統監となった伊藤博文をはじめ韓国統治に関わった日本人には長州出身者が多いせいか、「悪いのは長州だ」という感覚がある。最近の韓国は極端とも言うほど安倍批判が強い。安倍首相が政治家として尊敬する祖父の岸信介元総理も長州出身でその弟の佐藤栄作元総理もそうだ。だからというわけでもあるまいが、実は岸、佐藤両元総理はいずれも日韓関係正常化や韓国の発展に熱心であった。
朴槿恵氏が大統領になった際、自分は安倍首相とはうまくいくのではないかと思ったが、現実は違った。朴大統領は基本的には反日感情はなく日本が好きではないかとさえ思うが、韓国メディアの反日感情が強いことや慰安婦問題を関係改善の前提条件にするというボタンの掛け違いをしてしまったことなどが、今の状況を招いているのだろう。近く日中韓、日韓の首脳会談がある見込みだが、日韓首脳会談が実現したら、次に朴大統領が訪日することが望ましいし、実現可能性もある。朴槿恵氏の父親の朴正煕元大統領は韓国では評価は高く、また、槿恵氏が両親とも暗殺された不幸な人でもあるので、韓国内では政治家として高貴な人として扱われている。従って、これまで政治的業績はないにも拘らず支持率はあまり下がらない。現在訪米中であるが、母の暗殺後はファーストレディーとして大統領である父に仕えた経験もあって海外での振舞いが立派であり、通常外遊後は支持率も上がる。朴槿恵氏の政治家としての特色(「カンバン」)はクリーンさとストイックなところであるが、本人もそれを大事にしている。産経新聞の特派員が告訴されたのも、そのカンバンに疑念を起こさせるようなネット記事を引用してしまったからである。
先般、朴大統領が訪中し、習主席やプーチン大統領らと並んで軍事パレードを観閲したため、朴大統領の対中接近ぶりが内外で注目され、韓国はどこに向かうのかとの疑念や批判を呼んでいる。朴大統領はメディアから「大統領を終えるとき、どのような大統領であったと国民に記憶されたいか」と聞かれて、経済の再跳躍を果たした大統領、南北平和統一の基礎を作った大統領を目指したい旨語ったことがある。韓国は北朝鮮との関係を構築できないので地理的には「島」のような状況になり、これまで海洋国家として国の発展を図ってきた。今後は北朝鮮を動かすため中国の力をかりて新しい政策をとったり、国の発展を中国のある大陸において実現しようとの発想もありうる。
日韓関係について述べたい。日本人は韓国が反日だと思って否定的にとらえ、韓国と付き合う必要はないと思う人も多いが、それは感情論である。国際情勢を考えると、地理的に韓国が隣に存在するのは動かしがたい事実で、付き合わざるを得ない相手である。韓国の存在は大きくなってきているし、慰安婦問題を国際的に喧伝していることなどで日本への影響力も強くなっているので、日本では反韓・嫌韓感情が高まる傾向があるが、放っておいてすむ話ではない。経済や安全保障の観点もある。だから韓国の考え方や行動を知る必要がある。いまの韓国には「安倍はけしからん」との異様なほどの雰囲気がある。その当否はともかく、裏返せば日本に強い関心があるのである。世界の中で日本を一番好きなのは、実は韓国人である。村上春樹の本は世界で一番売れているが、韓国人は「ハルキ・ワールド」に日常的に憧れを抱き、韓国の作家の文体や手法にも大きな影響を与えている。フェリーの沈没事故などがあると、すぐ日本の安全対策が話題になる。韓国でも高齢化が急進行しているが、日本はどうしているかに関心が高まり、日本の健康食など食生活にも注目する。ビジネスでは利益が多いので中国を向くが、学ぼうという姿勢は中国にではなく、日本に向いているのである。日韓関係は悪くはないし、その展望も悪くはないのである。慰安婦問題が国際化されてしまったため何もしないのは得策ではなく、自分は、人道的観点や女性の尊厳の問題という見地から、例えば女性の人権保護のための国際的基金の創設を提案するとか、何らかの手を打つことが大事だと考える。その際には韓国が要求する日本の法的責任の追及などは取り下げてもらうべきだ。何もしないのは国際的にまずい。外交当局間で話し合いが進むことを期待したい。
 
(質疑応答)
Q:請求権問題は日韓政府間で解決済みと合意したのに、韓国は何故蒸し返すのか。
A:韓国国内の状況が変わったことがある。90年代以降の民主化によって韓国社会での国家の権威が非常に後退してきた。女性団体などNGOの影響力が強まり、「国家より個人」という革命的な考えが強まっている。その雰囲気に押されて裁判所の判決も影響を受け、政府もそれに抵抗できなくなっている。日本政府は「韓国はゴールポストを動かしてしまう」と批判しているが、韓国社会ではそのような動きを是としてしまう、国民の情緒が支配している。日本大使館前の慰安婦像設置も違法だが、当局はそれを撤去できないし、しようともしない。法律は国民の情緒より下位にあるような状況だ。
Q:最近の韓国外交の「大陸志向」について、かつて中国に朝貢外交をしていた韓国のDNAが、近年中国の力が強まったことによって「先祖帰り」になったのか。韓国の動きに対しては、慰安婦問題も含め騒ぎ立てない姿勢(benign neglect)がいいのではないか。
A:昔から韓国の事大主義には批判があるが、韓国人は我々は昔の韓国ではないと反論している。朝貢外交は李氏朝鮮時代にはあったが、高句麗は中国と戦ったこともあり「他DNA」もあるとの議論も聞かれる。「騒ぎ立てない勢」をとっても韓国に引き込まれて対応せざるを得ない状況になることもあり、放っておけないこともある。
Q:南北統一に中国の力を借りるとの考えに実現性はあるか。
A:北朝鮮は何を考えているかわからないところがある。中国が統一に賛成か反対かも明確ではない。統一された朝鮮半島が中国に無害であればいいのであろうが、そうなるかどうかはわからない。南北首脳会談の実現はありうる。
Q:日本のマスコミは韓国について問題点をことさら強調する。韓国人は日本が好きだと書いたら売れなくなるのだろう。
A:メディアはもめごとがあった方が売れるのは確かだが、最近の日韓関係についてはネットでの反韓・嫌韓記事が圧倒的に多く、一般のマスコミは極端な反韓・嫌韓は見苦しいと考え、品格などの見地から、むしろそれを抑える傾向にある。
 
黒田さんの話に多くの人が興味を持ち質疑が相当時間を超過したほどだが、「とても面白かった」と好評で、講演後の懇親会も大いに盛り上がった。

安倍総理「戦後70年談話」に様々な見方

  • 2015.09.13 Sunday
  • 23:18
戦後70年 戦後70年2 戦後70年1

本年4月から始まった「戦後70年、『歴史認識』を考える」シリーズと題した第4回目の絆サロンは、9月7日に最終回を終えて、このシリーズの幕を閉じた。今回のテーマは、安倍総理談話の内容と海外の反応について考えるとの趣旨で、先ず、お二人のパネリストにご意見を表明していただき、それをもとに自由な意見交換をした。議事進行役は、杉山芙沙子氏(テニス・アカデミーの校長でスポーツを通じた人間教育の活動に従事)と私が努めた。
 
最初に、8月14日に行われた安倍総理の談話のポイントと海外の反応を私から説明した。これについては、私のホームページに掲載済みであるので詳しくはそれをご覧いただきたいが
http://www.judo-voj.com/Japanese/abedanwa.html)、とくに次の点を指摘した。
・20世紀の歴史の中で我が国が世界の情勢を見失い戦争の道を進んだとの発言は謙虚さを示し好印象を与える。
・「事変」「侵略」「戦争」に触れ、「植民地支配から永遠に決別」「先の大戦への深い悔悟」に言及したが、全体として、事実の叙述が多く、総理の気持ちが直接的に表明されてはいない。ただし、「歴代内閣の(反省やおわびの)立場は、今後も、揺るぎない」と明言したことで補っている。
・子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとの発言は正当ではあるが、現代の世代がそれをどのように達成していくべきかについては触れていない。
・海外の反応については、とくに中韓両国が抑制されたトーンを示したのは安倍総理の意図が功を奏したと思われる。とくに朴大統領が「歴代内閣のの立場が今後とも揺るがないとした点に注目している」旨述べている。
次いで、パネリストの大島春行氏(前NHK解説委員)が、安倍総理の基本的姿勢について、世の中が複雑化し連立方程式を解くことが必要な時代に足し算・引き算で答えを出していくスタイルで、わかりやすいが現実には弊害も生じると指摘。談話のニュアンスには、戦争に勝った者が正義であるとの考えはアンフェアだと言おうとしたり、西欧諸国の植民地体制が行き詰って戦争が起きたと言っているように感じられる、談話には主語がないことが多く、問題点への発想や政策手順が単純だとの趣旨を述べた。もう一人のパネリストの仙名玲子氏(主婦)は、戦争中は父親の仕事の関係で1939年から家族とともに奉天に住み、青島、北京を経て終戦に至り、日本に引き揚げた。多くの苦難があったが中国人にも助けられたそうだ。先に帰国していた母と姉を広島の原爆で亡くした体験や引き揚げ後は山口と福山を経て東京に移り住んだこと、高校時代にアメリカ留学の機会を得たことなどを具体的に話された。その後の仕事の経験などをもとに、戦争が起こるのは異文化理解の不足で摩擦が起きることも影響していると述べた。
また参考までに、この会には参加できなかったが、歴史問題について多くの著作や発信をしている京都産業大学世界問題研究所長の東郷和彦氏(2013年に当サロンで講演)が雑誌「月刊日本」9月号(34〜37ページ)に発表したインタビュー記事を私から紹介した。東郷氏は、安倍談話が「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」としたこと、事前に思われていたより踏み込んだ内容で日本の過去の行動について謙虚さを示したことなどを評価している。また、子や子孫に謝罪を続ける宿命を背負わさないとの点に関しては、「日本人が過去の歴史に真正面から向き合わなければならない」との総理の発言を対にして読むべきとし、安倍演説は1985年のドイツのワイツゼッカー大統領の演説に比肩する村山談話を継承するものとしてとらえるべきと思うと述べている(詳細は同誌記事参照)。
これらをもとに、会場の参加者も一緒になって意見交換を続けた。以下に主な意見をご紹介する。
・総理が西欧諸国を中心とした植民地化に触れつつ、日露戦争がアジアやアフリカの人々を勇気づけたと述べたことは看過できない。当時の大陸への侵攻や朝鮮半島政策も美化できない。
・総理談話発出前に訪中し、中国外務省関係者らと接触したが、安倍談話の内容がどうなるかを非常に心配していたことを強く感じた。それからすると実際の談話は内容的に抑制されたもので、ホッとした。総理はいろいろな方面に配慮を見せたのだろうが、総理が何を考えているかが必ずしもよくわからなくなった。安倍政権成立時は外国にいたが、海外のメディアは安倍政権の好戦性を警戒していた。他方で、欧州諸国は武器輸出三原則や集団自衛権を行使しないとの日本の戦後の政策は理解できないでいる。安倍政権が戦後のどのような状況から出発して今の政策を進めようとしているのかについて誤解されないよう、よく説明していく必要がある。
・自分たちは先の大戦に関与はしていないが、同時に先輩たちが築いてきた戦後の良き蓄積の恩恵を享受してもいる。戦争に関与しなくても時代を引き継いでいるので、歴史を直視していくべきだ。ただ、安倍総理の言動には危うさを覚える。
・安倍総理談話は結局世界からあまり注目されなかったが、談話の片言隻句を論ずるよりもっと広い問題にも目を向けるべき。安保法制は重要なので十分議論すべきだ。
・談話が内容的に抑制されていたため近隣国からの反発がなかったわけで、その意味で注目されないことはむしろ良かったのではないか。
・安倍総理の政治スタイルが単純であるとの意見に同感。もっと複眼思考でいくべきだ。外務省の対中国、対韓、対北朝鮮政策は成功していない。総理は、きちんと方向を定めて戦争等で迷惑をかけた近隣国や東南アジアをもっと回るべきだ。
・中国全体を悪いと決めつけるべきではない。これからの中国には楽観的だ。草の根交流を強化すべき。
・歴史を反省し直視すべきといっても、我々は昭和や戦争の歴史を教えられてこなかった。歴史教育の強化が必要。おわびをいつまで続けるのか。客観的事実を知ったうえで、100年もたてば歴史的事実に謝罪はしないとの方針を宣明すればよいのでは。
・談話は誤りたくない総理に識者が影響を与えたようだ。隣国との困難な関係の現実の中で功利的に解決策を探ることも悪いことではない。その意味で談話はよくできている。
・総理は実際に談話で述べたこととは異なることを言いたかったのであろうが、各国、各方面から多数の注文が出てあのような結果になったのであろう。総理には学習になったのではないか。
・国が歴史教育を強化する必要があるとされているが実行されていない。若い人も含め自分たちはどうするかを考えるべきで、我々は自ら歴史を学び、子供たちにも教えていくことも重要だ。
 
最後に杉山芙沙子さんが、各自が歴史的事実を家族や孫などに伝えていく必要があることを述べて締めくくった。
この日の意見交換は、必ずしも結論をまとめようとするものではないが、多くの率直な意見が出て、それぞれ参考になったとの声が聞かれたのはよかった。懇親会でも最後まで対話が続いた。歴史認識を深めるべきだとの気持ちは皆に浸透しているようにみられた。「歴史認識」を考えるというシリーズで、参加者にとってさらにこの問題を考える機会が増したのであれば幸いである。

「歴史認識」:日韓対立の真相は?

  • 2015.06.23 Tuesday
  • 21:46
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なかなか克服できない日韓間の歴史問題の背景にある真相は何か、第37回絆サロンで前駐韓大使の武藤正敏さんが詳しく解説し、和解への道を示唆してくれた。武藤氏はソウルの大学での語学研修を含め5回の韓国勤務を経験し、外務本省では北東アジア課長を勤め、政府レベルでも韓国国民との間でも難しい日韓関係に取り組んできた人である。
武藤氏の講演とそのあとの質疑応答・意見交換の概要をお知らせしたい。武藤氏は、韓国側の問題点について詳しく語ってくれたが、日本側でなすべきことにも触れている。我々はそのことも十分考える必要がある。
 
(講演要旨)
外交官生活40年のうち、12年を韓国で過ごした。今般、「日韓対立の真相」(悟空社)を上梓した。出せば必ず叩かれるので書きたくはなかったが、自分の率直な気持ちを伝えたかった。最近、朝鮮日報のインタビューを受けたが、小生のは採用されず、韓国により優しいことを述べた先輩のものが取り上げられた。韓国の反日感情は一部の人だけだが政治絡みではいまも強い。政治家、マスコミ、一部のNGOなどが反日の声を出せば、誰も反論しない。反論すれば、「お前は親日だ」と言われるからだ。ただ、実際には一般韓国人の対日感情は悪くないのである。
反日感情には変遷がある。1960年代から70年代は、韓国人が日本のことを勉強していてもそれを親戚にも話すことを憚った。日本人が街で日本語で話をしていると睨まれる雰囲気だった。しかし、1988年のソウル・オリンピック以降変わってきた。若い人たちが日本に行ってみると、祖父母などから聞いていた日本とはすごく違っていたことに気が付いた。
韓国の反日感情の背景には、戦後処理の仕組みに対する不満もある。ドイツはナチズムの非人道的行為を反省し、東西ドイツに分かれていたので個人補償を中心に戦後処理を行った。日本は政府レベルで有償・無償併せて5億ドルの経済協力をして、これがその後の韓国の発展に多大な寄与をしたが、そのことは韓国ではほとんど知られていない。朴正煕、全斗煥、金大中など、責任をとれる大統領がいた時代には日韓関係が改善したが、現状では反日感情を鎮める人はいない。
他方、日本を見ると、現状では嫌韓感情の方が反韓感情より強い。「もう、韓国なんか放っておけ」という雰囲気だ。嫌韓感情は1990年代初期の宮澤総理訪韓の頃から始まった。慰安婦問題が発覚し、宮澤訪韓が良い結果でなかったことが日本でも叩かれた。盧泰愚大統領時代には過去の真相究明が叫ばれ、対日協力者の財産没収などが行われた。李明博氏は竹島上陸や天皇陛下に対する発言などで日本人の不快感を買った。現在の朴槿恵時代は慰安婦問題への強い拘りが日本人のフラストレーションに繋がっている。
しかし、日韓双方に誤解もある。日本側には、韓国のすべてが反日だと思い込み、それへの反発が強い。韓国には建前と本音がある。世論調査ではほとんどの人が日本嫌いで日本はけしからんというが、現実とは大きな隔たりがある。ソウル・オリンピックの際、日本とソ連の女子バレーボール試合でソ連を応援した韓国人だが、終わると日本選手にサインを求める人たちがいた。現在も日本文化への憧れは強く、日本観光は増えているし、日本食ブームも続いている。ただ、日本人の歴史観には疑問を持ち、竹島問題で日本への反発が強い。韓国側の誤解としては、日本が軍国主義だと思い込んでいることがある。現実を直視せず固定観念にとらわれているからだが、最近の日本の平和安保法制整備や集団自衛権の行使容認の議論も影響している。韓国への脅威は中国ではなく日本だと思い、日本との防衛協力には慎重で、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結直前に大統領や議員が待ったをかけた事例もある。汗と涙で民主国家となった金大中大統領時代の日韓関係は良好であった。対日文化開放策も採られたし、日本側にも過去の問題で保守的発言もあまり聞かれなかった。
過去の問題に対する日本側の反応について言うと、日本は国益とは何かを中心に考えてこなかったきらいがある。韓国の対応が良いとは言わないが、日本側にも安倍総理と周辺が過去史問題について明確な姿勢を示していないこともある。靖国神社参拝についても国内的視点と国際的視点があり、双方を考えることが重要だ。中国も靖国参拝に表向きは反対しているが、日本批判の材料にもしているように見える。先般の安倍総理訪米での議会演説や対米姿勢などは米側から概ね好意的評価を受けたが、韓国は反発している。中国はそれほどでもなかった。米国の世論を意識する韓国としては期待外れだったのではないか。慰安婦問題に関し、日本側から強制性はなかったなどの反論が出る。当時韓国の女性はどんな相手とでも結婚させられたのは、しないと慰安婦にされる恐れもあったからと言われている。国際的スタンダードで考えることが必要だ。今日の国際社会ではこの問題は女性の人権問題ととらえられる傾向があるので、「強制はなかった」などといっても納得してもらえない。日本は民主主義国である以上、過去の問題にも逃げない姿勢が肝要である。韓国の挺身隊問題対策協議会という団体はそこに付けこんでいる。
韓国人は自分たちの歴史観がた正しいと思い込んでいる。だから、日本との歴史共同研究に取り組む場合、自分たちが正しいと思うことを立証することが歴史研究だと考える。韓国内では、国民感情に立脚した歴史観に反対できないため、それが固定観念を形成してしまう。韓国人は国交正常化後に日本が韓国の経済発展に協力したことは知らないし、政府もそれを殆ど公表しない。世界的企業になった浦項製鉄所も日本の協力なしには発展しなかった。日本が過去史を反省せず、謝罪しないというのは、国交正常化後の歴史を無視するからである。朴槿恵大統領が慰安婦問題に固執しているが、その背景に韓国挺身隊問題対策協議会が事実を歪曲し問題を先鋭化して解決を妨害していることがある。韓国政府はこれに振り回されることなく、総合的判断で政策を決めるべきだ。
今後の和解のために何をしたらよいか、考えたい。先ずは、事実を事実として理解し認めることが出発点であるべきだ。日本は戦後民主主義国になった。日本は国交正常化後に韓国の発展に協力した。日韓の経済関係も日韓双方にとってメリットであった。それを認めるとともに、日韓双方がお互いに植民地支配の現実を直視することが重要だ。そのうえでこれまで両国関係を悪化させた方式を変えることだ。これまで、反日をいかに鎮めるかを考えて、主として日本が妥協してきたが、今後は若干時間がかかっても韓国側の反省を促し、今後波風が立たないルールを作ることが肝要だ。
自分(武藤)は嫌韓ではない。反日だけでなく、嫌韓にも配慮していかなければならない。日本は植民地時代に良いことをしたと主張する日本人がいるが、それは植民地政策のためにやったことであり、日本のためでもあった。慰安婦問題については、韓国挺身隊問題対策協議会が広めた誤った歴史観を正すこと、アジア女性基金の役割を見直すこと、韓国政府は逃げ腰ではなく責任のある対応を求めることなどが重要だが、その間に日本側も発言を自重する必要がある。さらに、広い見地から両国間で戦略対話を行い、その中で日本の重要性を再認識してもらうこと、中国の実態について理解を深めること、日米間で戦略対話をすることなどが重要である。最後に、日韓の人的交流が重要であることを指摘したい。とくに青少年交流は効果がある。
 
(質疑応答・意見交換)
Q
オランダ人の従軍慰安婦問題はアジア女性基金による見舞金を受け取ったので、(歴代総理のお詫びの手紙があったので受け取った方もあった由)オランダでは問題は全て解決した。アジア女性基金を通じて日本政府も誠意を尽くして謝罪と問題の解決に尽力を尽くしたことをもっと積極的に広報すべきである。特に、そのターゲットは、対米広報に向けるべきであり、またその際、今や『戦時における女性の人権問題』と受け止められているので、アジア女性基金による貢献に焦点を合わせ、強制性があったのか否かといった議論は避けるべきである。
「日韓対立の真相」は韓国語版も発刊してほしい。
A:韓国語版も出したいとは思うが、出版社が大変かもしれない。
Q:決着したはずの問題が繰り返し出てくるのはなぜか。何時まで続くのか。被害者と加害者との関係もあるのではないか。
A:ご指摘の通り、文化的・歴史的な関係で優越感や劣等感が表裏一体で出てきたりする。韓国はかつて日本に文化を伝えたとの意識があるが、今日、日本は世界的に文化の面で高い評価を受けており、韓国はその面はあまりない。経済的には韓国が発展し、「日本、何するものぞ」の気概もある。欧州は、歴史認識においてお互いに理解し合い和解してきたが、日韓間では歴史共同研究において韓国側は国民感情を背負って出てくる。大人になれないところがある。
Q:なぜ、韓国や中国が日本に激しく謝罪を求めるのか。慰安婦問題についてどう考えるべきか。
A:歴史へのこだわりにおいて、中国と韓国では違いがある。中国は政治的に日本叩きの材料として歴史問題を取り上げる側面があると思う。韓国は自分が正しいと思っている。
慰安婦問題は国際的にどう受け止められているかを考える必要がある。あれこれ反論するとかえって国際的批判を受けることにもなりかねない。
Q:日本は近代史をあまり学んでこなかったが、韓国では幼稚園の頃から教えられる。
A:お互いに歴史をもっと学ぶべきだとのご指摘に同感。韓国人が日本に来ると見方が変わ
る。教育が重要だ。
Q:日本や韓国のことに詳しい駐日スウェーデン大使がある会合でノルウェーの学生の質問を受けた。北欧諸国間でも歴史的に領土の奪い合いがあった。大使は「歴史にはあきらめが必要」と述べたことがある。日本人は江戸時代までは感情を抑えることを知っていたが最近はその意識に乏しい。日本人も大人になるべきだ。
A:日本人は最近韓国のことになるとカーッとする。お互いに大人になるべきだ。竹島周辺にメタンハイドグレードの資源があり、日本は高い技術力を持っている。大人の解決策を探ることも考えてよい。
Q:文化交流をさらに発展させるべきだ。テレビをお互いに見れるようにすることも一案だ。
A:今は、見ようと思えば相手国のテレビを見ることは可能。日本の書籍はたくさん韓国で販売されている。韓国のドラマなどは最初から輸出を考えて作られる。日本はドラマなどの輸出志向は薄い。

 

日中関係を考える:「歴史」への対し方

  • 2015.06.03 Wednesday
  • 21:25


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「戦後70年、『歴史認識』を考える」シリーズ第2回目は、中国のことに詳しい橋本逸男氏に語っていただいた。橋本さんは外務省OBであるが、中国勤務は上海総領事を含め5回に及び、台湾での研修、2度の香港総領事館勤務を入れると8回にわたる中国圏での勤務経験をもつ中国通だ。橋本氏は、「日中関係は日中双方、延いては世界の最も重要な二国間関係である。両国は、これを善く認識し、相手を的確に理解して、関係発展に努めるべきだ」として、日本の姿勢、日中関係全体を平易に分析し、両国がなすべきことを説いた。多くの率直な質問にも丁寧に答えて頂いた。以下は講演と質疑応答の要旨である。
 
(講演要旨)
日本は戦後、反省の上に、大きな努力をし、公明正大な国柄、民主・平和と国際協調の姿勢で高い国際的評価と好感を勝ち得ている。日本は、今後とも、最重要の関係にある中国はもとより、朝鮮半島や世界との関係で、こうした姿勢を続けていくことが大事である。
日中関係、そしてその「歴史」は全体的、総合的に捉える必要がある。紆余曲折を経た両国の二千年の歴史を的確に理解し、将来を見据えて適正な関係を維持すべきである。中国側が「日本は正しい姿勢を」と言うのは正しいが、「正しさ」の主張には主観も伴う。国民性も、政治も関係する。日本側も「歴史」について反省をし、それに基づく誠実で真摯な努力をしてきたつもりだが、先方には、「不充分」と映る。中国の日本に対する異論や「嫌日」の主因は「侵略」にあり、対中戦争が「侵略」であったとの認識に立って、中国側の思いを受け止めたい。「また「侵略」か」、「随分時間が経ったのに」、「くどい」といった反応もあるが、国内でも、会津の長州や薩摩への思いが想起される。「不義の」戦いを仕掛けられた、との思いは、今に残るのである。中国が折に触れて言う「ドイツに比べて日本は!」との論は、ナチス・ドイツと当時の日本の異同、蛮行の程度の違い、もともとの対独・対日感情の違いなどから、不精確な面もあるが、日本はきちんと対応すべき問題であり、「頬かむり」するわけにはいかない。
「歴史」の全体を鳥瞰することは特に大事である。二千年の交流史には良いこともあり、一時の誤りもあった。必然と偶然の要素を弁別して、総合的に把握すべきで、一部のみに注目したり、現政権の利害で主観的に扱ったりすると、両国関係を見る視野が狭まり、未来も見通し難くなる。日中関係を考える「補助線」として日韓関係を見やることもお勧めしたい。誇大な自己意識を離れ、「歴史」を踏まえ、大局から考えることが重要である。尤も、私は、日中関係については悲観していない。
中国の国民性や人々の考え方を知ることも大事である。自国・自分本位なところ、家族や親族を重視する姿勢は踏まえる必要があるが、同時に、性格的に、大まか・大らかで小事に拘らない面、時間感覚の悠遠さなどがある。中国に残された(「侵略者」の子供である)残留孤児たちを養育してくれたこと、「戦犯被疑者」への寛大な措置等も想起される。中国(人)は、日本が中国文明を学んで文明化した「優等生」との意識がある。歴史的に、日本(人)は「小さく」、「重量」は足りないと感じているが、謂われなき軽侮・偏見等はなく、概して高い評価をして来た。昨今の日中関係の中にあっても、日本の良い面は「サクッ」と認める率直さ、大らかさがある。これらの点は、朝鮮半島における事情とは随分違うと思う。中国の、「民度」が上がり、対外開放度が一層進めば、人々の対日理解は増進するであろう。
世界が、日本の戦後の民主化、平和的発展、国際貢献に対して概して高い評価をしているのは、BBCの世論調査等からも明らかである(中国と韓国の評価が例外的に低い。ドイツも低下気味)。日本は、今後とも、公明正大で誠実な姿勢を維持し、世界に貢献してゆくべきであるが、中国(及び朝鮮半島)に対しては、特にそうである。ただ、公明正大で誠実な姿勢は、他者に、事実を的確に捉え、精確な対日観を持つよう働きかけることも含む。事実誤認や誤解、謂われなき偏見等に対しては、冷静かつ客観的に問題提起していくべきである。これまで、政府やメディア、国民はそうした努力を適正に行って来たのか、反省の要があろう。二国間関係に於いては勿論、国際場裏で行われる論や日本への批判等にも、的確に対応してゆかねばならない。冷静に、節度や品位を保って、正々堂々と対応すべきである。
私の日中関係への願いは、日本が、米国ファクターも韓国のことも考えながら、世界の中の日中関係を意識して行動することである。両国間に於いては、夫々の長所短所をそれとして認識し、徒に理想視せず、殊更にこと挙げせず、ありのままの姿で相互理解出来ることである。政府は、国益を求め、国民の為にも良かれとて、時に辞を高くし、「筋」に拘わりもする。しかし、政治関係は「豹変」もする。したがって、国民・民間にあっては、政府間の関係に一喜一憂することなく、また、メディアの報道を盲信することなく、自ら常識的判断を下し、国民間交流が重要との意識を持って関係増進に努力すれば良いのだと思う。
古来、日本は、中国をよく知り、高く評価し、文化・文物を愛しても来た。中国の対外開放や「国際化」にも貢献してきた。中国は、日本が中国にとって重要な存在であることを更に認識して欲しいと思う。
 
(質疑応答)
Q:中国はベトナム等近隣国との関係でも歴史問題がある。中国こそ歴史認識を考えるべきだ。自由に言い合うことが重要。
A:互いに言い合うべきとの指摘は御尤も。「言い合う」環境も大事で、例えば、学者・研究者間で、存分にそれが出来ると良いのだが。政府も「謝罪」ばかりではなく、言うべきことを言う必要があろう。但し、我々は「第三者」ではないので、そうした提起がどこまで説得力を持つかは別問題。また、日本を重視した、故・胡耀邦総書記も述べたように、日本が中国に齎した災厄も、中国史上最大級であったことにも思いを致すべきだと思う。
Q:中国共産党の威信を高めるために日本がスケープゴートにされている面もある。
A:当たっている面はある。対日軍事抵抗の中心は国民党であったとはいえ、「対日抗戦勝利」は、大きな事績だからである。ただ、共産党が、国民の意識、気持ちを顧みず、党利的にそうしている、と考えると正しくないと思う。中国には、家族・親族・縁者が日本(軍)に酷い目に遭わされた、という人々は沢山いるのであり、党の主張はそれを踏まえる必要もある。時により、党・政府は、そうした感情を宥めたり、説得したりすることもある。1972年の日中国交正常化に際してのそうした努力はよく知られている。
Q:辛亥革命を指導した孫文を日本人が支援した事実を中国人は知っているのか。中国は欧州はじめ世界で日本批判を展開している。海外で議論しても日本人は発言もせず負けてしまう例が多い。国際社会を意識して、もっと日中関係の重要な事実を知らせるべし。
A:日本の孫文支援のことについて知っている中国人は少なくはないが、今日それを、全国的に、積極的に教えてはいないであろう。国民党・台湾の側ではよく知られているかと思う。国際場裏でのあるべき努力については、ご指摘に同感である。外交上の広報活動ももっと強化すべきであろうし、日本メディアなども、対応を考える必要があろう。日本人全般についても言えるかもしれないが、適正な論を吐く意欲や知識の度合いが、もう少し強くあるべきであろうと思う。この点は、近年、中国というより、韓国に関し、痛感する。
Q:尖閣諸島の問題で、最近中国側の態度が和らいできている感もするが。
A:日中関係で、先方の出方がより穏やかになったとは感じる。尖閣については、当初中国側は提起しなかったとか、近年は、何かあると大きく取り上げるとか、時代性、時の推移による変遷はあるが、中国(人)は列強から領土を蚕食された悪夢もあり、一旦出した、尖閣自体についての主張は引込めないであろう。日本側が「無策」で、「放置」した竹島とは違い、国際司法裁判所に提訴出来れば、勝訴出来そうだが、中国は提訴に応じないであろう。
Q:インターネットを見ていると、最近中国の反日感情は少し和らいだ感もある。
A:中国では言論がコントロールされている面もあり、代表的な意見が、分り易く出て来るわけではない。しかし、御指摘のインターネットでは、様々な問題について、多様な意見が出ており、全体を眺めるには大変参考になる。日本を貶める意見もあるが、それをたしなめる意見もあるし、日本の美点を率直・素直に称讃する意見も多く、これも、朝鮮半島関係のものとは大きく異なる。皆様、お手すきの際に、ちょっと覗いて見て下さい。最近の状況だと、日本は怪しからんとばかり教えられてきた人が、実際に見聞して、その「差」に驚くことも少なくなく、それは、積もれば、中国側の対日認識、対日言論の変化にもつながるであろう。
Q:中国の中でも沿海部と内陸では経済も文化も相当格差があるのではないか。
A:内陸部と沿海部との経済レベルの格差は10分の1といった指摘もあるが、文化の面では、同じ「中国」文化で、中身的にそれほどの「差」は感じない。しかし、利益を求める行動に遠慮がないこともあり、近年、人々の間の貧富の差が、沿海・内陸間のみならず、沿海都市などの内部でも、拡大しているのは大きな問題である。
Q:中国は新幹線の技術を自国が開発したとして米国で特許の申請をしたらしいが、どういう感覚かと思う。
A:詳細は承知しないが、中国に限らず、そうした問題は起こりうると思う。「特許」は、発明・発見した人ではなく、申請した人が得る権利である。日本人の特許意識は、一般的には必ずしも旺盛ではなく、きちんと申請をしたり、権利の侵犯を防ぐ、といった努力が疎かになる面があるのではないか。また、中国の高速鉄道は、新幹線技術を下敷きにしたことは間違いないにしても、自前の技術を何か加味した面もあろうから、「特許申請」が許されない、ということでもなかろう。勿論、関係する政府当局がどう判断するか、ではあるが。今回のことから、「教訓」を得るとしたら、日本企業側が、そうした問題も適正に判断し、先方との契約、合意などでも、明確にしておくことであろう。技術を他国の企業に合法的にうまくとられてしまうような甘いところもある。
 

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